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国内外の旅と株投資+その他のBlog。各国の旅や株関係の記事は「メイン目次」や「カテゴリ」、「検索」からどうぞ。

by mlsenyou
 
カテゴリ:カンボジア( 19 )
 
カンボジアの旅路・目次
~ルート~
1.ベトナム・ホーチミンシティ→カンボジア・プノンペン(バス)
2.プノンペンシアヌークビル(バス)
3.シアヌークビルプノンペン(バス)
4.プノンペンシェムリアップ(バス)
5.シェムリアッププノンペン(バス)
6.プノンペンクラチエ(船)→ストゥントレン(船乗り換え)
7.ストゥントレン→ラオス・デット島(ボート、乗り合いトラック)

カンボジア大使館へはここをクリック!

~目次~
 1.国境越え(ベトナム~カンボジア) 
 2.臆病者の行進(プノンペン)
 3.キリングフィールド(プノンペン)
 4.フォーリンラブインプノンペン
 5.フォーリンラブインプノンペン2
 6.10分の差(シアヌークビル・ビクトリービーチ)
 7.カンボジアの売春婦とベトナムの子供(プノンペン)
 8.空中浮遊(プノンペン~シェムリアップ間)
 9.フォーリンラブインシェムリアップ
10.ポルポト(シェムリアップ)
11.うろ覚え解説1(シェムリアップ)
12.うろ覚え解説2(シェムリアップ)
13.もっとも効率の良いダイエット…なのか?
14.ラオスへ(プノンペン)
15.ラオス大使館(プノンペン)
16.破壊された大使館(プノンペン)
17.ストゥントレン
18.ボートに乗る(ストゥントレン)

ラオス編
メイン目次


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by mlsenyou | 2005-05-12 01:54 | カンボジア | Trackback | Comments(0)
 
もっとも効率の良いダイエット…なのか?(カンボジア)
旅を始めると体重が変わる人は多い。
太る人、やせる人。
もちろん変わらない人もいるのだろうけど旅の期間が長くなると何らかの変化があるのではないだろうか。
私はタイトルの通り、やせた側だった。
何kgくらいやせたかというと、旅を終えた時点で旅前の体重より8kgほど軽くなっていた。
そのうち、6kgくらいはおそらくカンボジア滞在の約2週間くらいの間にやせたのではないかと思う。

なぜやせたか?
理由は単純だ。
1.2~3月あたりのカンボジアはあまりにもクソ暑かった。
2.そんな中、毎日汗ダラダラになりながらもバカみたいに歩き回っていた。
3.暑さで食欲がわかず、朝、晩がフルーツシェイク、昼だけ米の食生活だった。
4.炭酸があまり好きじゃなかったので、飲み物を買う時はなるべくコーラ以外のもの(水やヤシ汁など)を選んでいた。

ダイエット方法にはサプリ使用や食事制限など様々あるが、健康的で効果のある方法は、筋肉をつけて基礎代謝量を増やすこと、そして有酸素運動を続けることと思う。カロリーをたくさんとったとしても、それ以上にカロリーを消費すれば結果的にやせるのだ。

カンボジアの暑さのせいで知らず知らずのうちにとっていた行動。
それは摂取カロリーよりも消費カロリーの方が圧倒的に上回るものだった。

もし効率よくやせるなら、クソ暑くて果物が美味くて、いろいろ見てまわれるアジアの国々がいいのではないだろうか?
ただし、食事が美味すぎる場所は逆効果になるおそれもあるので要注意。特に中国は気温も季節や場所でだいぶ変わるし、飯なんかはもう安いし美味いしで、うっかり気を抜くと食いすぎる可能性が大きい。気がついたら肉まんやらヒマワリの種やらを間食しまくっている時がある。

そういえば、旅先で会った人の中に、インドに行ったのに何故か大幅に太って帰ってきた人がいた。
香辛料にハマって、暑さに負けず食いまくったのだろうか?

ラオスへ(プノンペン)
カンボジア・目次
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by mlsenyou | 2005-05-11 00:53 | カンボジア | Trackback(1) | Comments(6)
 
ボートに乗る(ストゥントレン)
ストゥントレンの宿を出て、ボート乗り場へ向かう。いよいよカンボジア~ラオス国境を通過するんだ!

今まで中国、ベトナム、カンボジアと国境を越えてきた。
中国からベトナムは橋を越えた。
ベトナムからカンボジアは陸路。
そしてカンボジアからラオスは河路だ。
地図で見ると国境なんてただの線に過ぎないのだが、越えた途端に別の人種、別の言語、別の通貨が待っていたりする。
以前、「国境のない世界が究極」と書いたが、旅をする上では国境はあると嬉しい。国境越えは一大イベントだから。
少なくとも私にとっては国境越えが旅で一番ワクワクする瞬間なのだ。
そんな気持ちなので、宿からボート乗り場までの足取りは軽い。
荷物のクソ重さなど何のその。途中で開いていた朝市を、浮かれながらカメラに収めていた。気分はまるで林家ペー&パー子。素敵な朝だ。

乗り場に着くと、大小含めて何艘かのボートが係留してあった。
すでに白人が何人か集まっている。彼らもラオスへ向かうところなのだろう。
さて、どのボートになるんだろう?
わくわくしながらチケットをオヤジに渡すとオヤジは「これだ」と一艘のボートを指差した。その先にあるものは…

端にあった一番小さいボートだった。

一応エンジンはついているから、手漕ぎではなさそうだ。

「Can you swim?」

遅れて来た外国人に突然声をかけられた。どうやら彼もこのボートに乗るらしい。

結局、このボートには私を含めて4人の旅人が乗る事になった。それに船頭が1人。最後の旅人が乗ると、ボートは横にユラユラと揺れた。縦長なぶん、横揺れに弱いらしい。いやーよく揺れる!っていうか、このボート大丈夫?
隣りを見ると、大きめのボートに白人たちが1ダースほど乗ってキャッキャと騒いでいる。なかなか頑丈そうな良いボートだ。しかし、同じチケットだと思うんだけど…この違いは何?

「I can swim well」

シアヌークビルのビーチで練習した「逆平泳ぎ」を本日披露することになるのか!?
泳ぐ事にはならないでね…

カンボジア→ラオス入国
カンボジア・目次
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メコンを上る
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by mlsenyou | 2004-12-22 01:51 | カンボジア | Trackback | Comments(6)
 
ストゥントレン
カンボジアで仕入れたラオス国境情報は錯綜していた。

ラオスからカンボジアに入った人の話では、ビザの他にもう一つ別の許可証がいるということ。それはストゥントレンで取れるらしい。また、国境通過時にワイロが必要らしい。そしてその費用は5$くらいかかるとか。ワイロはまあ仕方ないとして、ビザ以外の別の許可証というのは何なのだろう?そんな不確定な情報に若干の不安もあった。
しかし、カンボジア~ラオス間の国境越え経験者の絶対数が少ない以上、情報が不確定になるのはやむを得ないことだ。ただ、旧ポルポト派の心配も治安の問題もなさそうだという情報は得ているため、未知の出来事への不安感は多少軽くなっている。現地の基準にあわせて無理をしなければ危険はないだろう。

とりあえず、今ここで解く事のできない疑問は一通り現地で確認してみよう。
そう思い、サダゲストハウスでストゥントレンへのボートの手配を頼んだ。
ストゥントレンへは陸路、河路があるが、河路で行った方が時間も疲労も少なくて済みそうだった。

早朝、サダのバイクで船乗り場まで向かう。
ストゥントレンへは途中、カラチエという場所で船を乗り換えることになるらしい。
プノンペンからは距離的にも離れているから、到着するのは夕方になりそうだ。
比較的大きいボートの中でターミネーターのビデオを見ながらカラチエに向かった。
途中、主人公のラブシーンが出ると、乗っていたカンボジア人がうれし恥ずかしそうに周りを見回した。私を含めて外国人旅行者は全員反応がなかった。そんなに露骨でもないしな…このくらいの刺激には慣れてしまったということか。うーん、これも文化の違いなのか。カンボジア人の純粋な反応が少し微笑ましくも羨ましくもある。

そんなことがありながら、船はカラチエに着き、やがてストゥントレンに着いた。
別の許可証とやらはどこで取れるのだろう?
確か警察署で取れるとか言ってたな。
許可証発行で一日費やすのは嫌なので、今日中にもらうべく街を歩きまわる。
途中、白人旅行者に会ったので許可証の話をしてみるが、そんなものは聞いたことがないと言う。
許可証というのはどうやらガセっぽい。
というか、たぶんラオスからカンボジアに来た旅人は体よく騙されてしまったのだろう。

国境越えの船チケットを手配しながら現地人に改めて確認してみたが、やはり許可証なるものは存在しなかった。
チャーハンを食べ、店の人と話をしながら夜になるのを待つ。
いよいよ国境越えは明日に迫っている。
国境が開かれたのがここ1~2年の間、しかも、地球の歩き方にも乗っていないような情報(当時)。だとすれば、ここを通過する日本人は一日に一人もいないだろう。うまく行けば、私はカンボジア~ラオス間を抜けた日本人の500番目以内に入っているのかもしれない。
そんな小さな開拓者意識が働き、ワクワクしながら床に就いたのだった。

明日はマイナールートでの国境越えだ。

ボートに乗る(ストゥントレン)
カンボジア・目次
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ストゥントレンの街
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by mlsenyou | 2004-12-18 12:33 | カンボジア | Trackback | Comments(0)
 
破壊された大使館(プノンペン)
この頃、プノンペンでは騒動があった。
プノンペンにあるタイ大使館が大勢の市民に襲撃されたのだ。同時にタイ資本の企業やホテルなども襲われ、これら一連の騒動の中で死亡事故も起きたらしい。これに対し、タイは大使館員を引き上げさせ、同時に軍輸送機をカンボジアに派遣して自国民の救出にあたった。

ヘタをしたら戦争になるのかもしれない。

両国間の緊張が高まっていく中、カンボジア側が謝罪したことで危機は回避された。ところで、なぜこんなことになったのだろうか。話によると、どうやら以下のようなことらしい。

タイの女優がアンコールワットに関し「タイの領土だった」と発言した旨のニュースをカンボジア紙が取り上げた。それについてカンボジア首相フン・センが批判的なコメントをし、結果、国民の反タイ感情を煽り暴動が起こってしまった。

しかし、この女優が発言したとされるこのニュース。実はその真偽じたいが極めて怪しいそうだ。つまり、信憑性に乏しいガセネタのようなニュースが戦争の原因にまでなりかかってしまったのだ。

そんな下らないことで戦争?
そう思う人は多いのかもしれない。
しかし、そこには陸続きの国境を持っている国同士の対立感情や複雑な歴史があるのだろう。

以前、シェムリアップは「シャムを倒す」という意味だと書いた。
街の名前にそれだけの意味がこめられているのだから、カンボジアとタイの関係は歴史的に複雑だろうことは容易に推測できる。
また、歴史だけでなく文化や経済面においても両国間での違いは大きい。そんなカンボジアの中にも、最近はタイ資本のもたらす文化が徐々に浸透してきている。カンボジア人が自国に誇りを持つ人々なら、彼らにとってその流れは歓迎すべきものではないのかもしれない。仮に便利になったとしても、時として、それがもたらす弊害ばかりが目についてしまうこともあるだろう。
だから、下らないゴシップで国民が動いてしまったのだ。

シェムリアップからプノンペンに戻り、ラオスビザを待ちながら街を歩いていた時、ふと日本大使館の様子を見たくなったので、歩いて行くことにした。
日本大使館はサダゲストハウスからはだいぶ離れているが、ラオス大使館からはそこそこ近い(といっても、かなりの距離を歩く)。

歩きに歩きを重ねながら大使館を探しているうちに、ふと見ると普通の状態ではない建物が目に入ってきた。タイ大使館だった。
タイ大使館は日本大使館の隣りにあったのだ。
タイ大使館の門は無残に破壊されていて、焼けた跡も残っていた。壁も一部壊れており、その破壊の跡が暴動のすごさを物語っていた。
しかし、そんな勢いにも関わらず、幸い隣りの日本大使館は巻き添えを食わなかったらしい。壁も無傷のままだった。
日本大使館が隣りにあったことの驚きと、無事であったことの安心感。隣りで起きている暴動を目の当たりにした大使館関係者の気持ちを察すると、相当怖かったんだろうな、と同情してしまう。
そしてサダへの帰り道、足を進めながら、カンボジア-タイ間の関係を日本と隣国の関係に当てはめてゆっくりと考えてみる…

日本も隣国との間に様々な歴史がある。
長い歴史の内には共存していた時期も対立していた時期もある。
しかし、現在、政府間交渉で強調されるのは対立していた時期のことばかり。
もちろん国ごとによって差異はあるが、経済・文化面での熱い関係と外交面での冷めた関係のギャップの傾向は依然として続いている。
その理由は言わずとも知れているものだ。
これについての対応は人それぞれだろうし、それなりの根拠もあるだろうから、ここで取り上げることではない。

ただ、思う。

これらの遺恨は、今後数百年たっても残り続けるものなのだろうか。
過去に何があろうが、現在の個人個人に罪があるわけではない。
先祖の行った行為がひどいから子孫も憎むというのでは、生まれてきたこと自体が相手にとって罪つくりな行為になってしまう。
そんな恨みの連鎖は、先にあげたガセネタ以上に下らないようにも思える。この考えが仮に「相手側の立場で考えていない」と思われてもだ。世代を超えていくものは良いものだけで十分だ。
下らない恨みの連鎖を断ち切って、これから未来に向けて再び協調の道を探っていくことはできないのだろうか。人種とか国境とか人を縛るようなものをすべて解き放って共に歩む事が出来れば…

国境のない世界。
それはある意味、究極の世界なのかもしれない。

究極とは決して到達することのない段階のことをいうが、もしそれを互いに目指せるのなら一歩を踏み出し、やがて手を取り合って進んでいけるはずだ(国境越えの楽しみがなくなるのは旅人としてつまらなくなるが)。

…歩き疲れて、小さな店に入った。疲れたのは歩きすぎたせいだけではなかった。
とりあえず思うこと。
強い日差しを遮ってくれるこの小さな屋根は本当にありがたい。
そして水分補給にはヤシの実が良い。
脱水気味の体にしみわたるこの味は何べん飲んでも飽きることがない。飲み物といえばコーラだらけの東南アジアで、ヤシの実はある意味救いだ。

強すぎる自然を少しだけ遮って、自然を食す。そして見知らぬ店のおばちゃんや子供の笑顔の中でくつろぐ。
ひょっとしたら、このひと時こそが身近で感じられる究極に近い姿なのかもしれない。

ストゥントレン
カンボジア・目次
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by mlsenyou | 2004-12-15 15:06 | カンボジア | Trackback | Comments(2)
 
ラオス大使館(プノンペン)
カンボジアからラオスへの国境越えは情報がない分、手ごわそうだ。
しかし、国境越えのキーとなる地点がストゥントレンだということが分かっただけでも助かった。
そこでストゥントレンについて調べてみる。
幸いこの街の周辺はポルポト派の残存勢力がいるわけでもなさそうだ。治安が悪い場所というわけでもないらしい。単に知られていないだけのようだ。
ならば、行ける。

そう判断すると、さっそくラオス大使館へビザを取りに行く事にした。
ラオス大使館はサダゲストハウスから少し離れた場所にあるが、歩いていけない場所ではない。
サダでもビザ手続きの代行をしてくれていたが、手続きは自分でやった方が面白い。

強い日差しの中、ダラダラと汗を流しながら街を歩き続ける。
しばらく歩くとラオス大使館が見えてきた。しかし扉は閉まっている。休憩なのだろうか?
開館時間と自分の時計を見比べてみると、午後の開館時間まであと一時間ある。ちょうど昼休みに来てしまったらしい。

一時間という時間。
それは戻るにも待つにも中途半端な時間だ。
「何で昼過ぎてるのに閉まってるんだ!」
そう怒りたくもなるが、大使館の性質上そんなのは特別珍しい事ではなく、ただ単に開館時間を調べないで来てしまった自分に落ち度があっただけのことだ。
仕方ないので、道を挟んだ木の陰で待つことにした。近くの店で買った飲み物をちびちび飲んでいれば、一時間なんてきっとすぐに過ぎてしまうはずだ。
…そのつもりが、うっかり短時間で飲み終えてしまった。喉の渇きがそうさせてしまった。
飲み終えてしまうとその後の待ち時間は急に長く感じる。
いくら木陰といっても、日差しは道路に降り注ぎ乱反射する。
椅子もない場所で立ち続けているうち、次第に汗がふき出してきた。

汗を拭きながら木陰でじっと待っていると、やがて大使館から人が出てきた。といってもまだ午後の部が始まる時間ではない。きっと買い出しにでも行くところなのだろう。どうやら出てきた人は警備員のようだった。
彼は私の方をじっと見ながら、やがてまた大使館の中へ戻っていった。そしてまた、すぐに出てくると私にこう言った。

「ビザか?」

うなずくと、警備員は「ちょっと待ってろ」と大使館の中へ戻り、再び出てきた。

「今、大使館を開けてやるからすぐこっちに来い」

???
開館時間を早めてくれるというのか?
普通の大使館では考えられないことだ。ラオスは親切な国として有名だが、大使館の人たちも親切なのか。時計を見ると開館時間までまだ30分以上ある。思いがけない待遇だ。

大使館の裏口から入ると、気さくな感じの人たちが申請用紙を持って待っている。
用紙に必要事項を書き込み申請費用を支払うと、大使館員はビザ発給の日時を詳しく教えてくれた。
「早く来ても閉まってるから時間には注意しろよ」
別れ際にこんなアドバイスもしてくれる。
大使館員らしからぬ気さくさに戸惑いつつも感謝しながらサダに戻った。

そして、ビザ発給の日。
教えられた時間通りに大使館へ行くと、何と大使館の前で大使館員が私の到着を待っていた。そして笑いながらこう言った。

「今日は遅かったな。この前みたいに早く着いてるかと思ってたよ」

人が良いことで有名な国、ラオス。
この国は大使館員さえも親切だった。
未知の国への期待とともに大使館員と握手を交わした。

破壊された大使館(プノンペン)
カンボジア・目次
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by mlsenyou | 2004-12-13 11:19 | カンボジア | Trackback | Comments(0)
 
ラオスへ(プノンペン)
シェムリアップからバスで再びプノンペンに戻る。
バスの中は相変わらず土ぼこりが舞い、リュックが黄土色に変わるのは時間の問題だった。
今回は空中浮遊したくない。無重力体験は一回味わえば十分だ。
そんな想いで座席にしがみついていると、バスは事もなくプノンペンについた。多くの旅人が恐れる悪路も二度目の客には優しいようだ。

プノンペンに着き、お気に入りの中華料理屋台のチャーハンをかきこみ、そのままサダゲストハウスに泊まった。そろそろ次の国の具体案を考えなければ。

旅に出るとき、中国からタイまでの大まかなルートは決まっていた。
なるべく同じ国を通過しないで、そのエリアにある全ての国をまわりたい。
そう考えながら地図を見ると、自然にルートは見えてくる。
旅をしてから気づいたのだが、そのルートは多くの人たちが旅するルートとは少しだけ違っていた。

その違いがカンボジアの次の国だ。

多くの人はタイからカンボジアに入りベトナムへと抜けていく。あるいはその逆だ。しかしそれでは国を重複せずにエリア内の全ての国を訪れる事はできない。
だとすれば、カンボジアの次に訪れる国はただ一つ。
ラオスだ。

ベトナムで買ったLonely Planetを開き、カンボジアからラオスへのルートを調べてみる。
この本は旅人のサポートに徹しているから本当に使い勝手が良い。
国境情報を見て驚いた。
カンボジアからラオスへの情報はほんのわずか。
「ラオスへはストゥントレンから行ける」
詳しい内容は忘れたがそんなごく簡単な程度にしか書かれていない。

仕方ないので、地球の歩き方を借りて調べてみる。さらに驚いた。
こっちには記述すらない。

情報がない。

多くの旅人がカンボジアからラオスに抜けない理由はここにあったのだ。

ラオス大使館(プノンペン)
カンボジア・目次
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by mlsenyou | 2004-12-10 07:24 | カンボジア | Trackback | Comments(0)
 
うろ覚え解説2(シェムリアップ)
ところで、寺院群をまわっていると、誰でもお気に入りの寺や場所を見つけることになると思う。

アンコールワットの夜明けは格別だし、山の上の寺(名前を忘れた)から見る夕日もきれいだ。バイヨンの仏の顔にほれ込むこともあれば、バンテアイ・スレイの赤色砂岩に魅せられることもある。寺院の壁面に刻まれたレリーフに当時の作り手の様子を想像してみたり、そうかと思えば、寺院周辺に住んでいる猿がヤシの実を食っているのが面白くて、じっと見ていることもある。
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そんな中でも特に印象に残ったのがベンメリアだ。

ベンメリアは発見された寺院の中では新しい方で、寺院群から少し離れた場所にある。
まだ、ポルポト時代の地雷が完全に撤去されておらず、少し寺院を離れると「DANGER!」と書かれたドクロのマークの看板が出てくる。うっかり野グソもできない。道もまだ整備されておらず、デコボコ道を車でひたすら進まなければならない。さらに村人が勝手に入場料を取る…どうしょうもねえ。

しかし、それでもベンメリアは魅力的だった。
その理由はタ・プローム以上に自然に侵食されているところだ。

それまで生活していた人々が去り、いくつもの朝と夜を迎えるうちに寺院はジャングルの中に埋もれていった。
様々な樹木が寺院に絡みつき、年月の力はやがて寺院を「岩と木」というありふれた自然の一風景に戻していく。
そんな過程を経ていく中、この寺院は人々によって発見された。
発見されたことがこの寺院にとって幸せなことだったのか、不幸なことであったのかは分からない。
ただ発見の時点で自然への回帰は中断された。近いうちに開発は進み、この寺院は徐々に修復されていくのだろう。
いずれは修復される。
しかし、もし現時点でまだそれほど手を加えられていないのならば行く価値は大きいかもしれない。結果として、自然回帰の流れから切り取られたこの寺院の一瞬の姿を見ることができるかもしれないからだ。

聞く話によると、ジブリの映画「天空の城ラピュタ」のモデルはペルーのマチュピチュとベンメリアだったらしい。
ラピュタでの植物に包まれて自然に還ろうとしているロボットのシーン。
ベンメリアをモデルにしたのはおそらくあのイメージを描きたかったからなのだろう。

そんなベンメリアに感動しながら、遺跡を探索する。
途中で腹が減ってきたので、飯を食いたいな~と思っていたら、何と…遺跡の中で弁当広げて飯を食ってる人たちがいた。しかも、それはまったく問題ないということ。
せっかくの遺跡で飯食うな!と言いたいところだが、実は私も食ってしまった。遺跡に腰かけて弁当を食うと気持ちよい。

崩壊の過程とそれを利用する人々。
感傷的な気分に浸ろうと思えば浸れるし、現実的なものを見ようと思えばすぐに見れる。
少し遠いがベンメリアはシェムリアップのオススメの一つだ。

もっとも効率の良いダイエット…なのか?
カンボジア・目次
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押しかけガイドの子供。遺跡に根づいた木でブランコをしている。
楽しそうだね…っていうか、あなた、押しかけてるんだから少しはガイドしなさいって。
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by mlsenyou | 2004-12-08 01:22 | カンボジア | Trackback | Comments(3)
 
うろ覚え解説1(シェムリアップ)
観光地のことをほとんど書いていないので少し。
シェムリアップは言わずと知れた超有名な世界遺産アンコールワットの街だ。
その名前の由来は「シャム(現在のタイ)を倒す」という意味らしい。
当時、この辺りはタイの支配下になったこともあった。
街を奪い返した時、二度と奪われまいという理由で名づけたそうだ。

シェムリアップには複数の寺院がある。
寺院をまわっていくと、王朝がヒンズー教から大乗仏教に移っていったことが分かる。
また、寺院の出来栄え(例えば壁面に掘ってある仏のレリーフの精巧さ)などから、当時の王朝の勢力をうかがい知ることができる。
簡単にいうと、王朝が強い時は寺作りも凝っていたが、弱くなると寺に凝るほどの余裕がなくなったということだ。

これら寺院群は砂岩で作られているため、発見当初は植物に侵食されて崩壊していたらしい。
その植物も、この辺りでは通常育ちにくいとされるものが多いそうだ。
それは何故か。ここで砂岩の性質が関係してくる。
砂岩はその名前があらわす通り、砂が凝縮してできた岩石だ。
この岩は意外にも思えるが水分を含みやすい。しかも砂だから水を含むともろくなる。
そのため、同地域の植物よりも水分を必要とする種であっても、砂岩に根をはってしまえば、わりと生きていける。
だから、寺院はこの地域で育ちにくいとされる植物に侵食されていたというわけだ。
こんな理由から寺院群は、発見当初ボロボロだったのだ。

現在、これら寺院は急ピッチで復元されているが、中にはタ・プロームのように、最低限の復元によって自然の力強さと人工物の運命の儚さをあらわしているものもある。

うろ覚え解説2(シェムリアップ)
カンボジア・目次
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タ・プローム
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花売りの子供達
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by mlsenyou | 2004-12-06 00:38 | カンボジア | Trackback | Comments(0)
 
フォーリンラブインシェムリアップ
日本人だけが現地人に恋をするわけではない。
現地人が日本人に恋をすることもある。

シェムリアップでの話。
ここでは日本人宿ではなく、普通の宿に泊まる事にした。

幾つかの宿をまわり、最終的に選んだ宿は家族経営の良心的な所だった。
彼らの知っている日本語は「オニイサン」だけ。でも、笑顔を絶やさず親切な人たちだから気は楽だ。
こういう宿を見つけると嬉しくなる。
ちょうどこの宿にはバイクを持っている青年がいたので、アンコールワット見学は彼に頼むことにした。

ちなみにこの青年、性格は一言で言うとアホだ。
バイク走行時にかわいい子を見かけると、必ずスピードを落とし、目の保養をする。
その後「どうだ!」と言わんばかりの勝ち誇ったような顔つきで私を見てくる。
お前の行動は面白いけど、勝ち誇られてもなあ…
彼はこんな行動ばかりとるが、バイクの運転技術はかなり上手かった。
道路のデコボコをたくみに避けながら、どんな道でもスピードを落とさずにスイスイと走っていく。
高い運転技術のバイタクは多いが、その中でも彼は特に優れていたように思えた。

アンコール見物の一日目が終わり、彼と鍋をつついている時、話が好きな女性のことに移った。
聞くところによると、彼は宿に泊った日本人女性と恋仲になったことがあるらしい。
「これが俺の彼女だ」
恥ずかしいけど見て欲しいといった様子で、私に彼女の写真を見せる。
おとなしそうな女性が映っている。バイクで案内している間に仲良くなったらしい。

彼は私を案内中、事あるごとに彼女の話をしていた。
彼女と一緒にいた時のことがよほど楽しかったらしい。彼女と結婚するのが夢だと言っていた。
知り合って一年くらいだが、カンボジアには二度来てくれたというから、彼女もその場の恋ではなくマジメに考えているのかもしれない。

話をしているうちに、彼女から来たメールを見ることになってしまった。
プライベートの話なので、見て良いものか?とためらったが、青年の方は見せたくてたまらないらしい。
そこで彼女からのメールを見ることにした。

「良い友達でいましょう」

英語でそう書いてある。そのメールを一通り読む。
写真のイメージ通り優しい女性のようで、やわらかい文章で傷つけないように書いてある。
しかし、内容自体は「あなたとは付き合えません」ということだった。
丁寧だが見方によってはまわりくどく、何を言ってるのか分かりづらい。こういう文章は日本人以外に通じるのだろうか?
彼の様子を見てみる。
恥ずかしそうだが、ニコニコしている。嬉しいようだ。

やはり伝わってない。

嬉しそうに見せてくれたメールの内容が断りのメール。
案の定、感想を求められた。こんな時、どう答えるべきなのだろうか。正直言って困ってしまった。

一瞬まよったが、こういう事は率直に言った方が良いだろうと判断。
彼に「これ難しいよ」と言ってみた。しかし「大丈夫」の一点張りだった。
たぶん、この女性はもう来ないのだろう。
でも、この青年は近いうちにまた来ると思い込んでいるよ…
信じて疑わない彼の様子を見ているうちに、何だかいたたまれなくなってしまった。

断るときはハッキリと言った方が良いよ。きっと。

ポルポト(シェムリアップ)
カンボジア・目次
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アンコールワットから見下ろす。
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by mlsenyou | 2004-11-30 08:35 | カンボジア | Trackback | Comments(6)


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プロフィール
1976年の早生まれ
埼玉県出身。
3年半リーマン生活の後、半年間、中国+東南アジア10カ国を旅する。
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