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by mlsenyou
 
カテゴリ:ベトナム( 28 )
 
ベトナムの旅路・目次
~ルート~
 1.中国・河口→ベトナム・ラオカイ(徒歩)
 2.ラオカイハノイ(公共バス)
 3.ハノイハイフォン(列車)
 4.ハイフォンホンガイ(ハロン湾)(船)
 5.ホンガイハイフォン(船)→ハノイ(公共バス)
 6.ハノイフエ(公共バス)
 7.フエホイアン(公共バス)
 8.ホイアンニャチャン(ツーリストバス)
 9.ニャチャンホーチミンシティ(サイゴン)(ツーリストバス)
10.ホーチミンシティメコンデルタ、クチ(一日ツアー)
11.ホーチミンシティ→カンボジア・プノンペン(ツーリストバス)

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~目次~
 1.国境越えの日2~新しい国~(河口、ラオカイ)
 2.国境越えの日3~アホい稲妻~(ラオカイ~ハノイ間)
 3.サトウキビの幸せ(ハノイ)
 4.冬の食あたり祭り(ハノイ、ハイフォン)
 5.岩より窓(ハイフォン、ホンガイ)
 6.押しの弱さ(ホンガイ、ハノイ)
 7.最終兵器
 8.ホーチミン廟(ハノイ)
 9.大敗北1(ハノイ)
10.大敗北2(ハノイ)
11.大敗北3(ハノイ)
12.宴会(ハノイ)
13.公共バス(ハノイ~フエ間)
14.日本宿の達人たち(フエ)
15.ガス欠(フエ)
16.日本橋のツアー客(ホイアン)
17.就職活動(ホイアン)
18.インスタントラーメン(ホイアン~ニャチャン間)
19.ニャチャン
20.パスポート忘れ(ニャチャン)
21.おい、オヤジ…(ホーチミンシティ)
22.サソリバスター(メコンデルタ)
23.サソリバスター2(メコンデルタ)
24.クチトンネル
25.うっかり写真も送れないぜ。(ホーチミンシティ)
26.戦争証跡博物館(ホーチミンシティ)
27.好きと嫌い(ホーチミンシティ)



カンボジア編
メイン目次

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by mlsenyou | 2004-11-12 00:24 | ベトナム | Trackback | Comments(4)
 
好きと嫌い(ホーチミンシティ)
ベトナム出国前日、ホーチミンシティで行き残した場所をバイタクで周った。

ベトナム滞在も2週間半ばを過ぎると、さすがに拙いながらも旅で使う言葉を多少操れるようになってくる。よく使っていた言葉の中で、自己紹介だけは異常に評判が良かった。

ベトナム語は中国語のように音の高低で意味が異なる。
音の上げ下げなど、細かいことはもちろん分からず適当に発音していたのだが、自己紹介の発音は現地人もビックリの絶妙さを持っていたようなのだ。それまでのデタラメベトナム語から突然ネイティブレベルの自己紹介が出てくる。それに驚くベトナム人を見ると、思わず左とん平の「ワッチャネーム?」に驚いたアメリカ人の話を思い出してしまう。「ヘイ・ユウ・ブルース」が聴きたくなる。

調子に乗ってバイタクに自己紹介をし年齢を言うと、たちまちベトナム語ラッシュが返ってきた。まったく分からないので「ごめんベトナム語ほとんど話せない」と言うが、なかなか信じてもらえない。数回言って、ようやく英語に切り替えてもらった。一言だけ異常に上手いと、その後の会話で苦労をする。

…ところで、ベトナムを旅する間、私は現地の人に戦争の話を持ちかけないようにしていた。きっかけは、何かの本に「戦争の傷跡はまだ人々の中に残っていて、彼らはその事をあまり話したがらない。まだ戦争の話に触れるべき時ではない」と書いてあったこと。「そりゃそうだ」と妙に納得してしまった。

終戦のはるか後に生まれた私は当然、戦争体験をしていない。
だから、戦争について知ったかぶりはできるが、彼らの痛みを本当に理解することはできない。
当時のことに興味はある。
しかし、無知ゆえに無神経な質問をしてしまい、人それぞれが持っている誰にも踏み込まれたくない領域に土足で踏み込んでしまうようなことだけはしたくない。
あえて触れなかったためか、これまでベトナム人から戦争の話を聞くことはなかった。
これまでは。

街を走っている間、バイタクといろいろ話していた。
ベトナム語を覚えようとする理由や今までの旅のこと、これから向かう先のことや家族のことなどだ。今回のバイタクは気さくな感じの男で話しやすい。
家族のことを話した後、彼がふと聞いてきた。

「お前はアメリカが好きか?」

一瞬、返事につまった。そして何と答えようか考えた。
いろいろと言いたいことがあったが、難しいことを言えるほど英語が上手くはない。なので、「Yes」と答えるしかなかった。すると、彼は「そうか」とうなずき、そしてこう言った。

「俺はアメリカが嫌いだけど、好きだ」

話によると、彼の父親は戦争中、アメリカ兵に殺されたらしい。だから、彼はアメリカ人を非常に憎んでいた。
しかし、その一方でバイタクという仕事上、アメリカ人は貴重な収入源にもなっている。彼らは交渉の際、ほとんど値切らずに乗ってくれるらしいのだ。
彼の今の生活はアメリカ人に支えられているといっても過言ではないらしい。

「アメリカは嫌いだけど、マネーは好きだからな」

バイタクは小さく笑ってそう言った。自嘲気味に言っているように聞こえたのは私の気のせいだったのだろうか。

アメリカと国交を回復し、様々な資本が入ってくるようになってから、ベトナム経済は目ざましい成長を続けている。
冷戦崩壊後、世界から孤立しがちだったこの社会主義国に突如入ってきた資本の波は、人々に大きな影響を与えたようだ。
それは良い面も悪い面も含めて、人々の考え方を大きく変えていった。あるいは今もなお、変え続けているのかもしれない。

アメリカを筆頭に広がり続ける資本主義社会。
そしてそれにひたすら追従する日本。金払いの良さは、時にアメリカを越えている。
他国からの訪問者が増えたことで、「バイタク」になった彼の目に日本はどう映っているのだろうか。

彼のアメリカ論はすぐに終わった。
その続きを聞くことは出来なかった。

国境越え(ベトナム~カンボジア) 
ベトナム・目次
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by mlsenyou | 2004-11-12 00:15 | ベトナム | Trackback | Comments(2)
 
うっかり写真も送れないぜ。(ホーチミンシティ)
ベトナムの街を歩いていると、あちこちからバイタクの呼び声「モートバイ?」が聞こえてくる。

ホーチミンシティを歩いていた時のこと。

いつものごとくバイタクが声をかけてきた。
いつものごとく断って行こうとすると、バイタクが「ちょっと待ってくれ、見せたいものがあるんだ」と言い、ミニアルバムを取り出して私に見せてくる。
何だ?と思いながら写真を見ると、写真の中で二人の日本人女性が微笑みかけていた。

「私は信頼ある人間だから、バイクでどこへでも行くよ。」
「この人たちを連れてツアーをしたら、大喜びで写真まで送ってくれたんだ」

ふーん…何だか写真の人たち、ずいぶん人の良さそうな顔をしているね。
そこで私はバイタクに聞いてみた。
「教会までいくら?」
「10ドルだ!」
…お前と話すことは何もない。

その後、街を歩いていると、別のバイタクが来た。
「俺は信頼あるバイタクだぜ。まあ乗る前にこれを見ろよ」とアルバムを出す。
アルバムの中には同じ女性が同じ風景とポーズで微笑んでいる。完全に焼き増しだ。
このバイタクは更に手紙を読むように言ってきた。手紙はこう語りかけてくる。
「○○さんはとっても良いバイタクです!彼のおかげでとても楽しいツアーができました。本当にありがとう、日本に帰ったら写真送るね!」
ご丁寧に住所、氏名、電話番号、メールアドレスまで書いてある。
××さん、あなたの送った写真はホーチミンシティの街中で使われています…
人を信じるのは良いことですけど…国際交流は素敵なことですけど…むやみやたらに信じると後が大変ですよ…

その後もアルバムの中で微笑む彼女達を度々見かけた。
幸せそうに微笑む彼女達。
願わくば、彼女達が再びこの地を訪れることのないように。訪れてもバイタクと接触しないように。
本人がこれを知ったら、相当ショック受けるだろうな…

しかし…うっかり写真も送れないぜ。

戦争証跡博物館(ホーチミンシティ)
ベトナム・目次
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by mlsenyou | 2004-11-09 13:42 | ベトナム | Trackback | Comments(0)
 
クチトンネル
クチトンネル半日ツアーに行った。
ベトナムに入ってからツアー参加はこれで三度目になるのだろうか。シンカフェの存在を知ってから、すっかり頼り切ってしまっている。
それまでの自己流の方が、しょうもないハプニングが多くて楽しかった気もするが、何と言ってもシンカフェは安くて楽で便利だ。
「人間は楽な方へ逃げてしまうもの…」と一般論かどうかすら怪しい言い訳を自分自身にして、今回も参加してしまった。

バスに揺られてクチへ向かう。今回のバスは各国の人たちが混在しているが、中には日本人もちらほらと見える。
先の中国とは違い、ベトナムに入ってからはやたらと日本旅行者に会っている気がする。きっとそれはこの国がとても旅しやすいからなのだろう。英語が通じるというのはやはり大きい。

クチに着いた。
ここではベトナム戦争時のトラップや道具が飾られていた。どれもハマったら相当辛そうな道具だ。中でも落とし穴のトラップは種類が豊富だった。
…味方が掘った場所に落ちることはなかったのだろうか。自分だったらウッカリ落ちてしまうかもしれない。
そう考えると首筋がムズムズしてくる。痛そうな話はあまり得意ではない。

その後、トンネルに入ることになった。
トンネルの中は非常に狭かった。
私は身長175cmだが、格別大きいといえないようなこの体でも、座りながら歩かなければ進めないくらい狭い。
カーネル・サンダースっぽい、いかにもアメリカンな体格をした白人男性は、トンネルに入りたくても体を入れることすらできなかった。

…そういえば、阪神がしばらく優勝できなかった時、「カーネル・サンダースの呪い」なる都市伝説が流れたことがあったらしい。
80年代の阪神優勝時、どさくさに紛れてケンタッキーフライドチキンのカーネル・サンダース人形が道頓堀に放り込まれてしまい、そのため、阪神は優勝できなくなってしまったという話だ。
それ以降、一部の店ではカーネル・サンダース人形に「わて、泳げまへんねん」という張り紙がされたこともあったらしい。
ちなみにアメリカンの例えでカーネル・サンダースを出しているが、彼が何人なのかは知らない。

…話を戻す。
中は狭いだけではない。息苦しい。狭く長いトンネルだから途中は酸欠になりやすいのだろう。
また、今は観光用の明かりが点いているが、当時は暗かったはず。
ベトナム兵は戦争中、アリの巣のようなこのトンネルの中でアメリカ兵と戦っていた。この中を何年間も潜り続けていたとは…ベトナム戦争の勝利はまさに自国に対する誇りと根性によるものが大きかったのだろう。

トンネルを出てきた時、ほとんどの人が汗まみれになっていた。
翌日の筋肉痛が怖かった。

うっかり写真も送れないぜ。(ホーチミンシティ)
ベトナム・目次
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戦争当時、トンネルは木の葉で隠されていた。
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by mlsenyou | 2004-11-07 22:32 | ベトナム | Trackback | Comments(0)
 
サソリバスター2(メコンデルタ)
タイプの子と同席して昼食をとる。
食事にはお茶が出てきた。お茶にはハチミツを入れるらしい。
うっかりハチミツを入れすぎて甘たるくなったお茶を飲んでいると、テーブルの上にサソリが這ってきた。サソリは私の食事に照準を定めている。

大事な昼飯をサソリなんぞにやらん。

追い払っているとサソリはテーブルの下に落ちていった。
そのまま食事を続けていると、現地の女の子が親と一緒に登場した。
「将来歌手を目指している」というその女の子は、私の目の前にある台に乗ってツアー客に民謡を披露し始める。
歯が生え変わる途中らしく、抜けた前歯が可愛らしい。食事をしながらみんな女の子の歌に聴き入っていた。

…私の足元で何かが動いた。
見ると、靴下にサソリがたかっている。
あっ!と思う間もなく、サソリは私のズボンの中に入っていった。

サソリは愚鈍なように見えるが、その動きは思った以上にすばやい。
私のズボンの中を上に向かってすばやい動きで上ってくる。払おうにもズボンの中にいるから払えないし、下手に刺激すると毒のある尾で刺されかねない。
立ち上がって何とかしたいが、目の前では女の子が民謡を披露してくれている。ツアー客のために毎日、一生懸命練習をしているらしい。

…動くに動けない。

焦っているうちにサソリはどんどんズボンの中を上がってしまい、とうとう足の付け根にまで来てしまった。その先は重要地点だ。
サソリもそこ以外に進む道がない。そんなところで毒針を使われたら…考えるだけで恐ろしい。

さすがに急所に毒針を刺されるわけにはいかないので、女の子が歌っている途中ではあったが、立ち上がってズボンの付け根をつまみ、布越しにサソリを潰した。
潰す時、サソリの尾がピーンと伸びた。たぶん、最後の逆襲をしようとしたのだろうが、幸いにもそれが足に刺さることはなかった。
しかし、女の子が目の前で歌っている時に、前かがみに立ち上がって自分の股間に近い部分をつまむ姿はどう考えても変態。ズボンの中にサソリがいたなんて、普通あり得ないような言い訳を信じる人がいるだろうか。説明する気にもならない。

やはり三枚目はどこまで行っても三枚目なのか…
サソリの恐怖から逃れた安堵感と同時に、周りの目がわずかながら気になったのであった。
好みのタイプの女の子は、まあ、股間の近くをつかんでいる姿を間近で見てたので…夏の日は短く儚い。

クチトンネル
ベトナム・目次
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by mlsenyou | 2004-10-22 09:01 | ベトナム | Trackback | Comments(0)
 
サソリバスター(メコンデルタ)
シンカフェは街から街への移動だけでなく、現地ツアーも企画してくれる。
ホーチミンにいる間、メコンデルタ一日ツアーに参加した。

ツアーの参加者は日本人が多かった。ホーチミンのシンカフェには日本人女性スタッフがいるので、彼女が気を利かせて日本人を集めてくれたのかもしれない。
参加者を見ると、思いきり好みのタイプの女性がいた。
話をしたところ、どうやら彼女はスチュワーデスをしているらしい。友達と二人で参加しているという。

「一人旅なので良かったら一緒に行動させてもらえませんか?」と聞いてみると、快くOKしてくれた。
何だか幸先が良さそうだ。

…思えば、ベトナムに入ってからは、バスを止めて野グソ、一週間の食あたり、バイタク交渉の大敗北、長距離バスの運転手を酒の飲み比べでつぶす、「狭いから」という理由でヒザの上で足のツメを切られる、パスポート忘れ、ホモオヤジとの遭遇…と、三枚目な日々の連続だった。

しかし、今日は最初からツイている。
今までのイケてない日々がようやく終わろうとしているのか、これからイケてる日々が送れるのならこんなに素晴らしいことはない。

ところが、運命の神様って奴はそんな簡単に三枚目を二枚目にしようとは思わないらしい。ツアー中、あり得ないような事が起こる。

メコンデルタツアーはメコン川を船で移動し、更に狭まる川をボートに乗り換えて移動。その先で食事をしたり、キャラメル製造を見たりする内容だ。食事の時間にそれは起こった。

サソリバスター2(メコンデルタ)
ベトナム・目次
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by mlsenyou | 2004-10-21 10:39 | ベトナム | Trackback | Comments(0)
 
おい、オヤジ…(ホーチミンシティ)
ホーチミンシティに着いた。
ホーチミンは以前はサイゴンと呼ばれていた街で、非常に栄えている。
政治の首都はハノイ、商業の首都はホーチミンと言われているほどだ。名前は変わったが、地元の人はサイゴンと言う方がしっくり来るらしい。バスもサイゴン行きと表示されているのがほとんどだ。

この日は街を一日ぶらつき、他の日本人二人と、現地の人たちが集まる飲み屋でビアホイを飲んでいた。
飲み屋には各ビールメーカーの売り子がいて、注文をとりに来る。その子に違うメーカーのビールを注文すると、怒ったり、あるはずなのに「無い」と言ってくる。
初めは怒る理由が分からなかったが、分かってくるとそれはそれで面白い。
ビアホイファンの我々はビアホイの売り子を探そうとしたが、残念ながら予想通り見つからなかった。
そこで、店のオヤジにビアホイを注文した。

すると、オヤジが我々の席に座ってきた。一緒に飲もうということらしい。
このオヤジ、なぜか私の隣に座ってくる。嫌な予感がする。
予感は的中し、そのうちオヤジが肩を組んで口説いてきた。

「お前は色が白くてきれいだ」
「夕日のきれいな場所があるんだ。一緒にバイクに乗って見に行こう」

ベトナムで口説かれるのは、これが初めてではない。
しかし、口説いてくる相手はオヤジかオバちゃんだ…この国では私は男女を問わず年上キラーなのだろうか?悪いが、まったく嬉しくない。

あまり相手にせず、他の人と話を続けていると、しまいには頬にキスをされてしまった。
これが口だったら、旅の最悪の思い出になっていただろうから、頬にされたのは不幸中の幸いだったと考える方が良いのかもしれない。
早々に飲み屋を抜け出したのは言うまでもない。

サソリバスター(メコンデルタ)
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by mlsenyou | 2004-10-20 14:41 | ベトナム | Trackback | Comments(9)
 
パスポート忘れ(ニャチャン)
ベトナムの宿はチェックインの際にパスポートを預けるようになっている。

パスポートを預ける時はいつも緊張する。なぜなら、私はそそっかしいので、いつかパスポートをもらい忘れる時が来るかもしれないと思うからだ。
そして、その日は予想通りきた。

ニャチャンからホーチミン行きのバスに乗り、出発を待っていた。
フエからニャチャンまで一緒に来た仲間は、もう一日残るとのことなので、バスは一人だ。バスの中から仲間に「それじゃまたホーチミンで」というような話をした後、背もたれによりかかって、ふと思い出した。

そういえば、パスポート返してもらったっけ?

ニャチャンでは仲間と部屋をシェアしていたので、私がチェックアウトの手続きをしたわけではなかった。
というのも、宿は「一人何ドル」ではなく「一部屋何ドル」という料金基準だから、部屋代を払っていればその間に人が減っても特に問題はないのだ。そのためパスポートを返してもらった覚えがない。
やや焦りながらバッグを探すが、やはりパスポートは出て来ない。
宿に預けっぱなしにしてしまった…

幸い、仲間が出発を見送ってくれていたから助かったが、もし彼がいなかったらバスをやり過ごすことになり、結果としてニャチャンにもう一泊することになっていたかもしれない。

パスポートのウッカリはシャレにならない。万が一パスポートが戻ってこなかったら、再発行までのしばらくの間、身動きが取れなくなってしまうからだ。サメ的旅行者の私にとって、一つの場所に長居することは耐え難い苦痛だ。常に移動していないと精神的に辛い。
久しぶりに心の底から焦った事件だった。

おい、オヤジ…(ホーチミンシティ)
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by mlsenyou | 2004-10-19 00:39 | ベトナム | Trackback | Comments(0)
 
ニャチャン
ニャチャンに着いた。
さっそくバイクを借り、街を走り回る。
ニャチャンはビーチリゾートの街で、海は青色の中にエメラルドグリーンが散らばっている。
海に面した道路を走ると、日に焼けた肌を潮風が癒すようで心地よい。

バイクを走らせながら、温泉を探した。
Lonely Planetによると、ニャチャンには温泉があるらしい。
地図を見ながら近辺まで行くが、何故か温泉の場所が見当たらず時間ばかりが過ぎていく。
地図が微妙に間違えている事に気づいたのは、30分くらいさまよった後だった。

温泉には泥風呂があった。
泥風呂はいくつかに分かれていて、水着着用。それぞれに家族同士、友人同士で入っていた。
私の風呂にはカナダ人女性3人とロシア人男性4人。みんなで泥をかけ合って遊んだ。こんな時は大人も子供もない。
泥風呂の効果か、しばらくは肌がツルツルしていた。

夕方、仲間とビアホイを飲んだ。
ビアホイはベトナムの安ビールで、ぬるくて薄い炭酸の抜けたビールに氷を入れて飲むものだ。
コクもキレもないが、量だけはバケツサイズ。2リットルで12,000ドン(1ドル=15,000ドン)くらい。
こう書くと一見まずそうに感じるが、汗で水分を補給するのに、これほど絶妙な物はない。実に美味しく、たくさん飲めるのだ。普通のビールは濃すぎて逆に飲みづらい。最近は普通のビールが流通してしまい、ビアホイのある店が少なくなってしまったが、ハノイ、ニャチャン、ホーチミン辺りではまだ飲めるようだ。フエでは残念ながら見つけることができなかった。

食事も割と安く済ませられる。
屋台のフォー(に似たもの)は2,000ドン。フランスパンのみは1,000ドン。
この値段を知ると、金銭感覚はかなり現地化してくる。
そのためか、ビアホイの店の会計時に1,000ドンか2,000ドンの食い違いで真剣にもめてしまった…

パスポート忘れ(ニャチャン)
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by mlsenyou | 2004-10-18 12:19 | ベトナム | Trackback | Comments(0)
 
インスタントラーメン(ホイアン~ニャチャン間)
たまに食べたくなるもの。
インスタントラーメン。

中国やこれまでのベトナムを旅している間、インスタントラーメンを食す機会はなかった。
ない、と言うと語弊があるのかもしれない。
実際はインスタントラーメンの袋を中国でもらったことがあった。
しかし、袋のインスタントをもらっても、安宿には熱湯も器もない。頼み込んで作るほど食に窮しているわけでもない。
結局、調理しないまま持ち運び、しまいにはドミトリーの誰かにあげてしまったのだった。

ホイアンを離れ、シンカフェのバスでニャチャンへ向かう。フエ、ホイアンで会った仲間と同じバスだ。
前にも書いたが、ベトナムは縦に細長い国なので、旅人のルートは必然的に似通ってくる。逆に言えば、旅仲間を得やすい国といえる。
ベトナムは治安も悪くないし、金額交渉さえ気をつければ初めてのバックパッカーでも安心な国と言えるだろう。好きな国の一つだ。
この国にはどことなく、日本の懐かしい良い部分、古き良き時代のようなものを感じてしまう。急速に発展していて人々の目に活力があるからだろうか。ベトナムに来ると、ドリフを見ていた頃の事をよく思い出す。

バスは未舗装の一号線を、白い土煙を上げながら走っていく。南北を縦断するこの道路は陸上交通の要だ。
いずれこの道路も完全舗装されてしまうのだろうが、いつまでもこのままでいて欲しいと思ってしまうのは、きっと旅人のワガママなのだろう。

やがて、バスは休憩所についた。しばしの休憩に入る。
仲間と一緒に休憩所に入って食事をすることにした。メニューを見るとラーメンがある。
インスタントラーメンだ。さっそく注文をする。

ラーメンがきた。
一ヶ月以上、口にしていないと、こんなに美味く感じるものなのだろうか。
素朴なラーメンの味は舌全体に心地よい刺激を与え、やがて、塩味に渇いた胃にジワジワと滲み渡っていった。
食する幸せは値段だけでは決まらない。その時の我々にとって、このラーメンは最高の幸せだった。

あまりにも美味いので、もう一杯注文しようとした。
しかし、何故か会計になってしまう。
何とか「もう一杯」と伝えようとするが、なかなか上手く伝わらず、笑顔で返されてしまう。この時ばかりは言葉の壁の厚さを感じる。何とか伝えられないものか。
そうしている間に休憩時間は終わってしまった。後ろ髪をひかれつつバスに乗り込んだ。

…ふと、昔のことを思い出した。
「ゼリー大会をしよう」と言って、友人とスーパーのゼリーを全種類買ってきた時のことだ。
ゼリーは最初の二つまでは美味しかったが、それ以降は味に飽きてしまい、食すこと自体が苦痛になってしまったのだった。
デザートは少ないからデザート。
その時に悟ったことだ。

ラーメンの二杯目を食べられなかったことは、案外、幸せだったのかもしれない。

ニャチャン
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by mlsenyou | 2004-10-16 15:52 | ベトナム | Trackback | Comments(0)


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プロフィール
1976年の早生まれ
埼玉県出身。
3年半リーマン生活の後、半年間、中国+東南アジア10カ国を旅する。
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とても魅力的な記事でした..
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なんというか面白い国です..
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ちょくちょく拝見させてい..
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