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by mlsenyou
 
カテゴリ:トルコ( 17 )
 
トルコの旅路・目次
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~ルート~
 1.日本・成田空港→トルコ・イスタンブール(トルコ航空)
 2.イスタンブール→カイセリ(国内便)
 3.カイセリ→カッパドキア(送迎ワゴン)
 4.カッパドキア→コンヤ→パムッカレ(ワゴン)
 5.パムッカレ→イズミール(ワゴン)→イスタンブール(国内便)
 6.イスタンブール→成田空港(トルコ航空)

トルコ大使館へはここをクリック!

~目次~
 1.カッパドキア~やってきました。はるばると。~
 2.カッパドキア~走って思い出しました~
 3.カッパドキア~気球に乗ってどこまでも…怖かった~
 4.カッパドキア~地下都市とウフララ渓谷~
 5.コンヤ~スルタンハンとメヴラーナ~
 6.パムッカレ~何ですか、これは?~
 7.パムッカレ~ヒエログリフと謎の看板~
 8.トルコ人との交流とじゅうたんの質
 9.イスタンブール~一日で主要観光場所を巡る強行スケジュール~
10.イスタンブール~新市街~
11.イスタンブール~旧市街トプカプ宮殿~
12.イスタンブール~旧市街アヤソフィア~
13.イスタンブール~ヒポドゥロームとアヤソフィア前の広場~
14.イスタンブール~地下宮殿のメデューサの謎を勝手に推測~
15.イスタンブール~ブルーモスク~
16.イスタンブール~グラン・バザール、そして帰国~


メイン目次

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by mlsenyou | 2010-07-16 17:26 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~グラン・バザール、そして帰国~
強行スケジュールだったイスタンブール初日。
2日目は15時集合で帰国の途につかなければならない。わずか一日半の滞在。
しかし、初日にほとんどまわってしまったので、それでも時間に余裕がある。そのため、最後はグラン・バザールをゆっくり見てまわることにした。
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グラン・バザールは何でもそろっている市だ。観光客が非常に多く、商売の活気に満ちている。
今まで比較的ぼったくりの少なかったトルコでは珍しく、値札や定価が存在しない場所であり、ここではほとんどの場合、売り手と買い手の交渉で値段がつく。双方の妥協で値段が決まるのだから、きちんと交渉すればお互いが満足して買い物できる。それがこの市の最大の魅力だ。とはいっても、交渉が上手くいったと思って歩いていると、他の店ではそれよりもさらに安い価格で売っていたなんて事もある。そのときはさすがに少しだけ悔しい。
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私の交渉方法は、相手の値段よりもはるかに安い金額を言い、いったん相手に呆れられる。
相手が値段を言ってきたら彼女と話し合い、難しそうな表情をしたり、店を出ようとする。そうすると余程安い値段を提示していない限り引きとめてくるので再び交渉に応じる。
そうこうしていると、チャイを勧められたりするので、チャイを飲みながら雑談を交える。そして、少しずつ折り合っていく。微妙に値段が合わないときは笑顔で「my friend」と言いながら少し強めの握手をガッチリと交わす。握力を強めるのは力関係を優位に持っていくための心理作戦。
こうすると、交渉が上手くいく…事もある。
まあ、買い物関係は彼女の方が優れているので、基本的には彼女の意見に従うことが多かった。言う事を聞かないで高めの値段で買うと後でぶちぶち言われるというのもあるが…
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ここで買い物や交渉を楽しん後、帰り道を間違えそうになりながら、集合場所にたどり着いたのだった。
イスタンブールの空港から成田までは11時間くらいだったと思う。地球の自転の関係で行きよりも早く到着することができた。しかし、そうは言っても飛行機の中は長い。近い将来、もっと早く到着できる乗り物ができれば良いなと思いつつ、この旅を終えるのであった。

トルコ編おわり

追記
トルコ航空は食事がけっこうおいしい。
しかし、たくさん出るので乗る前にお腹をすかしていた方が良い。
何せ国内便のわずか一時間ちょっとの間にさえ食事が出たのだから。
あの時は、着陸に向けて高度を下げつつある飛行機の中で、食事を片づける乗務員の必死さが伝わってきたので、ものすごく速いペースで食事をしてしまった。
短時間の国内便では飲み物だけで十分と思う。サービスで出してくれるのは嬉しいが…

この旅を通じて、へこみがちだった状態から少し立ち直りました。
トルコの気候と人の良さが元気を与えてくれたようです。
ありがとう、トルコ。

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by mlsenyou | 2010-07-16 17:24 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~ブルーモスク~
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ブルーモスクは現在もなお信仰の場所として礼拝が行われているので、入場できない時間帯がある。
また、入場する際には素肌の露出はできる限り避けるものとされているが、子どもはその対象にならないらしい。現に体格に優れた欧米人とは異なり、どうしても幼く見えてしまうアジア系の日本人は素肌を露出していても布を巻かずに入ることが許された。
それはそれで喜んでいいものか迷うが…
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ブルーモスクは最も美しいモスクと言われることがあるが、実際外見、中身ともに気品のある美しさを保っていた。ブルネイにあるオマール・アリ・シャイフディーン・モスクとは違う黄金をまとわない美しさだ。もちろんブルネイのモスクも東南アジアで一番美しいモスクと言われているだけあり、衝撃的な美しさをしていた。イスラムのモスクという造形はあまりにも洗練されていて美意識を著しく刺激する。見飽きることがない。
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ブルーモスクの内部も外見の期待に違わず優雅な美しさを保っている。
ここは礼拝者が多くいるので、礼拝している人は写さないようにと言われた。そのため、人はできる限り撮らないようにしているが、イラン辺りから来ているのではないかと思われる全身黒づくめの女性(目の部分だけ露出が許されている)がちらほら見られた。
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イスラムというと、危険とか女性蔑視、何を考えているのか分からないという声が聞こえる事があるが、それは正確な認識ではない。危険なのは原理主義のような超排他的なグループであり、そのような団体は三大宗教のいずれにも存在する。また、イスラムの習慣が不自然かつ蔑視的に感じられるのは、日本にアメリカ的な価値観が浸透しているからともいえる。日本では異質と思える習慣もこの地では理にかなったものであることが多い。また、理解しようとしないことが偏見を生むものともいえる。食の制限や戒律の厳しさ等はあるが、私はイスラム的な風土はけっこう好きだ。ストイックなところが良い。
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イスタンブールの象徴なだけではなく、東西交流地の象徴であり、アジアを横断するバックパッカーの目標地点にもされやすいブルーモスク。
これをようやく見ることができたのだった。


イスタンブール~グラン・バザール、そして帰国~
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by mlsenyou | 2010-07-16 16:47 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~地下宮殿のメデューサの謎を勝手に推測~
地下宮殿は、暗過ぎてフラッシュのないiPhoneでは撮影できなかった。
ここは貯水池になっており、天井から水がしみ出ては滴となって落ちていた。ここには魚がすみついている。
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前述の通り、地下宮殿は水を確保するために作られたものだが、ここには不可解なものが存在する。
柱の台石となっているメデューサ2体の頭部だ。
メデューサといえば、見た者を石に変えるという魔物。その頭部がこの宮殿の柱2本の土台となっているのだ。しかも、1体は横向き、もう1体は逆さ向きという正規とは言い難い形で。どうしてここにメデューサの頭部があるのかは謎らしい。
そのため、勝手に推測。何の資料にも基づいていないので、信じない方がいいけど。
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「メデューサは都市ビザンティウムが成立する以前からこの地に住んでいた民族が崇拝していた土着宗教の神だった説」

強大な統一国家や強力な宗教が成立する以前、人々の交流は頻繁ではなく、いくつかの部落に分かれてそれぞれが独自の言語を用いて、独自の宗教を崇拝していた。
イスタンブールという名前がつくはるか昔、ローマ帝国が首都ビザンティウムをこの地に建都しようとしたとき、すでにこの地はいくつかの部族の生活の場となっていた。
ローマ帝国は彼らに土地を明け渡すよう命じたが、彼らは従わなかった。そして争いが起きた。

彼らの抵抗は予想以上に激しかった。しかし、圧倒的な兵力と武具を備えるローマ帝国に敵うはずもなく、抵抗の激しさにも関わらず、短期間でローマ軍に制圧されたのだった。
しかし、彼らの残党は先祖伝来の土地をあきらめる事が出来ず、その後、幾度もローマ軍に争いをしかけては敗れていった。
業を煮やしたローマ軍は、彼らが崇拝する土着宗教の神であるメデューサ像を奪い、首を切り落として暗い地下宮殿に横向きと逆さ向きという屈辱的な形で封じ込めた。それ以降、部族は抵抗する気をなくし、地方へ散って行った。
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という話。いま考えた作り話だが。

土着宗教の神が、その地域を征服した部族の信仰する宗教の中で悪魔に置き換えられることはよくある。
また、文明の発展していない時代、宗教は自然という不可思議な存在を理解するための統一的な思想であり、今よりもずっと重要視されていた。
その思想の象徴となる神(=メデューサ)の首が切り落とされ、地下宮殿の柱の土台にされたとしたら、メデューサを崇拝する部族への精神的な衝撃はどれほど大きいものか。おそらく、当時の征服方法としては最も激しい手法だったのだろう。
そして、この部族とローマ帝国との争いはメデューサとペルセウスの神話として語り継がれることになる。異民族との戦争の話が悪魔と英雄の戦いの神話に置き換えられることもよくある。

ただ、メデューサとペルセウスとなると、ローマ帝国というよりもギリシャと少数部族の争いと考えた方が良いのかもしれない。あと、メデューサは3姉妹だったはずなので、もう1体も探せばどこかにあるのではないかと思う。
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まあ、あくまで作り話ということで。
と思ったが、やっぱり気になってメデューサで検索してみたらこんな説明がありました。やはりローマ帝国ではなく、ギリシャだったみたいだね。しかし、この推測もあながち誤りではないようだ。
トルコのお守り「ナザール・ボンジュ」をいくつか買ったが、これを持ってるってことは、つまりメデューサに守られるということなのか。意外なところでメデューサとのつながりができて驚いた。


イスタンブール~ブルーモスク~
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by mlsenyou | 2010-07-16 16:08 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~ヒポドゥロームとアヤソフィア前の広場~
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アヤソフィアとブルーモスクと地下宮殿とヒポドゥロームは極めて近い場所にある。
そのため、15時~16時くらいまでにアヤソフィアを見終われば、ハードな一日強行見学はほぼ成功といえる。
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このヒポドゥローム、何だかわかりません。
途中でいろいろ案内してくれたトルコ人によれば、エジプトから送られたものもあるということなのだが、どういった用途、意味合いがあったのかは分からない。記念碑みたいなものだろうか。
ちなみにこれは蛇のヒポドゥロームというものらしい。
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広場では屋台は思ったほど多くない。
景観を意識して、ある程度の規制が入っているのだろうか。
しかし、夜になると、ブルーモスク寄りの公園部分に多くの店が出現した。
昼の顔と夜の顔を持つこのエリアは活気があって楽しい。
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夜になると、やたらと声をかけられて握手されたりチャイに呼ばれたりした。



イスタンブール~地下宮殿のメデューサの謎を勝手に推測~
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by mlsenyou | 2010-07-16 15:22 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~旧市街アヤソフィア~
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実は、家で使っているPCの壁紙がアヤソフィアだ。
トルコに来るまで、この壁紙をずっとブルーモスクだと思っていた。
アヤソフィアとブルーモスクは広場を挟んで対峙している。
どちらもモスクの形をとっているが、ミナレット(モスクの端にある尖塔)の数がアヤソフィアが4本なのに対して、ブルーモスクは6本になっている。4本が通常のモスクなので、6本のブルーモスクはそれだけ特別なものといえる。
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アヤソフィアは古い歴史を持つ。
イスタンブールがビザンティウムと呼ばれていた頃にキリスト教の教会として建造され、消失、再建が繰り返された。その後、この都がコンスタンティノープルと呼ばれていた時にオスマン帝国によって、イスラム寺院(モスク)に改築された。
偶像崇拝を禁じるイスラム教にとって、キリストや天使、聖人等の壁画は望ましいものではなく、漆喰で塗りつぶされてしまう。しかし、それ以前にもイコノクラスム(聖像破壊運動)によって多くの聖像画が破壊されていた。
そのため、現在アヤソフィアにある聖像画は多くが削り取られる等していて完璧に保存されているものはごくわずかしかない。
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広場を挟んで対峙しているアヤソフィアとブルーモスクだが、現在も礼拝が行われているのはブルーモスクのみ。アヤソフィアはアタチュルクによってモスクから博物館へと用途を変えられている。その理由は分からないが、すぐ近くにモスクが二つある事の不都合や、アヤソフィアは本来異教の教会として建造されたものという歴史的背景等が関係しているのではないかと勝手に推測している。
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この推測を証拠づけるように、アヤソフィアには破壊されつくしていないキリスト教モザイクが多く見られる。キリスト教教会をモスクに変えるのはやはり困難が伴うものだし、構造上の違いからも無理やりだったのだろう。
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聖像画の中には全く破壊の跡が見られないものもある。
一説にはその聖像画があまりにも美しすぎて破壊するのに躊躇したためとも言われる。
そういう事もあるだろう。
あるいは、あまりにも高い所に描かれていたので破壊できなかったとか。これは推測(憶測)。
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いずれにしても、このアヤソフィアは宗教を超えて長いイスタンブールの歴史を見守り続けている。非常に貴重な建造物であることは間違いない。それはこの建造物を構成する石の色が物語っている。
この石造りの建造物は私たちの次の世代、そのさらに次の世代に至っても存在し続けるのだろう。その頃にこの建造物が見守る世界はどうなっているのか。
悠久の歴史の中で存在し続けるアヤソフィアの想うところを聞きたいものだ。


イスタンブール~ヒポドゥロームとアヤソフィア前の広場~
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by mlsenyou | 2010-07-16 15:06 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~旧市街トプカプ宮殿~
ガラタ橋を越えるとそこは旧市街。「旧」と呼ばれるだけあり、ここには歴史ある建物が多く存在している。
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まずはトプカプ宮殿。
ここはオスマン帝国の栄光の結晶ともいえる場所で、エメラルドの短剣、黄金やダイヤの装飾品等の展示品が非常に多い。そのため、多くの人々が見学に訪れるのであり、したがって、この場所の見学には時間を要する。
…が、我々はキラキラしすぎているものにはほとんど興味がないので、さっと見るだけで時間を大幅に省略できた。
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イスラムの国といえば、絶対権力者である国王とハレム。アラビアンナイトの世界。多くの人がこういうものを想像するのではないだろうか。
その想像通り、トプカプ宮殿にもハレムがあった。ここは日本でいえば大奥のようなものだろうか。国王の母もここに住んでいて、王妃候補を選んでいたようだ。
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ここには宦官も入ることが許されており、実質的な権力を持っていたらしい。
宦官はどこの国でも権力を握りたがるのだろうか。
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iPhoneで自分の解説入り動画を撮りつつ歩いていると、アメリカ人がまったく同じことをしていて、目が合って笑えた。
話しかけたら「オーマイガッ!オレは解説付きで録画をしているんだ」と言ってた。
よけいな声を入れてしまったかな。


イスタンブール~旧市街アヤソフィア~
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by mlsenyou | 2010-07-16 14:23 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~新市街~
新市街ではドルマバフチェ宮殿、ガラタ塔、ガラタ橋へ行った。
ガラタ橋は正確に言うと新市街でも旧市街でもない。この橋は金角湾とボスフォラス海峡が交わる辺りで新市街と旧市街を結んでいるからだ。
まず、ホテルからトラムに乗り、終点カバタシュまで行く。
ここからドルマバフチェ宮殿はそれほど遠くはない。
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ドルマバフチェ宮殿は必ずガイドつきで見学しなければならず、内部の写真撮影は禁止されている。
ガイドはトルコ語か英語のみなので、あまり聞きとれなかった。
この宮殿ではスルタン(国王みたいなもの)やアタチュルク(トルコ建国の父)が執務を執っていたらしい。当然この場所で外交も行っていたのだろう。建物は広く価値ある絵画や美術品が数多く展示されていた。
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宮殿の内部は階段がものすごく豪華で、大ホールはそれ以上、これまでに見た事がないくらいだった。この大ホールを最後に持ってくるところがガイドのにくい演出なのだろう。ガイドの案内が終わり宮殿を出ると、そこにはボスフォラス海峡が広がっていた。
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ドルマバフチェ宮殿からガラム塔へ。
ガラタ塔からはイスタンブール全体が見渡せるという事だ。
しかし、塔らしき建物が見つからない。近くに来ているはずなのに見えないということは、他の建物に隠れてしまっているのだろうか。
他の旅行者もガラタ塔を探しているようだったので、その後をついていくと、急な坂道、階段を登り終えたところにその塔はあった。
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歩き疲れ、喉も乾いてきたのでリンゴ売りのおじさんからリンゴを買う。
この屋台にはリンゴ専用の皮むき器がついていた。この道具を使ってリンゴの皮をむくと、何とリンゴ自体もらせん状に切れている。そんな面白いパフォーマンスを見せてくれた。とても人の良さそうな良い味を出しているおじさんだった。
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ガラタ塔から金角湾を眺める。
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これが有名なボスフォラス海峡か…
塔からアジアの端が見える。
いま私がいるのはヨーロッパ側。このわずかな距離の海峡を隔ててアジアとヨーロッパが分かれているのだ。この場所で様々な歴史が紡がれて、今につながる重要な出会い等があったのだろう。
イスタンブールがアジアとヨーロッパの交流地点である事をあらためて実感した。
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ガラタ塔を離れ、旧市街方面へ向かう。
新旧両市街を結ぶガラタ橋では日中多くのイスタンブール市民が釣りをしている。
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こんなに人がいて釣れるのだろうか?とも思うが、これが意外と釣れているのだ。魚自体は小さいがボスフォラス海峡は恵まれた海峡なのだろう。
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ガラタ橋は二段になっていて、下の階は飲食店が並んでいる。
ここで名物サバサンドを食べた。
ガイドブックがいうほど特別美味いというほどでもないが、まずくはない。
フィッシュバーガーに近いものだろうか。レモン汁をかけて食べると酸味が加わりそれまでよりも美味しくなった。


イスタンブール~旧市街トプカプ宮殿~
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by mlsenyou | 2010-07-16 14:02 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
イスタンブール~一日で主要観光場所を巡る強行スケジュール~
八日間でカッパドキア、パムッカレ、イスタンブールをまわるのはかなりハードだった。
各地の滞在は、カッパドキア2日、パムッカレ半日、イスタンブール1日半。あとはすべて移動に費やした。何とかまわりきったが、のんびり旅をしたい場合には一箇所削った方がいいだろう。
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そんなわけでイスタンブールも時間がない…が、行きたいところはたくさんある。
そのため、朝早くから急いで新市街と旧市街をまわることにした。

名付けて「イスタンブールを攻める!一日強行ツアー計画」

ホテルは旧市街。
まず、トラムで新市街に出る。
1.ドルマバフチェ宮殿
  ↓
2.ガラタ塔
  ↓
3.ガラタ橋(橋の下で昼食・名物サバサンドを食す)
  ↓
旧市街
4.トプカプ宮殿
  ↓
5.アヤソフィア
  ↓
6.地下宮殿
  ↓
7.ヒポドゥローム
  ↓
8.ブルーモスク

これが各施設の閉館時間ギリギリのルートかと思う。
旧市街のブルーモスク、アヤソフィア、ヒポドゥローム、地下宮殿は極めて近い場所にあるので移動に苦はない。
新市街は少し離れているうえ、ドルマバフチェ宮殿はガイドが案内するため時間が固定される。人の混み具合を計算すると午前中に行くのがベストだろう。
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ちなみにトラムとは路面電車のこと。
どの駅で降りても1.5リラなので簡単かつ手軽に使える便利な乗り物だった。


イスタンブール~新市街~
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by mlsenyou | 2010-07-16 13:06 | トルコ | Trackback | Comments(0)
 
トルコ人との交流とじゅうたんの質
トルコでは、多くの人に助けられた。
二人のオスマンさん、アリさん、名前がどうしても聞き取れなかった2人。宿の人。中でも、ドライバーのオスマンさんは冗談好きで親切。おごってくれた上に「来年もまた来いよ」とまで言ってくれた。嬉しいもんです。旅先での親切を受けると、こっちに来た外国人にも何かお返しをしなければな、と思う。
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カッパドキアの飯屋のお兄さんには食事代をおまけしてもらった。
翌日、他の日本人数人にこの店を紹介したところ、めちゃくちゃサービスしてもらった上に夜景のきれいな場所まで案内してもらったらしい。彼は日本に来た事があるらしく、かなり好意的だった。
カッパドキアの宿の人も常ににこやかで誠実だった。
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アリさんには、簡単なトルコ語を教えてもらった。
ババアがお父さん。
ティシュクレがありがとう。
つなげて話すと、ババア、ティシュくれ=父ちゃんありがとう。
アリさんは、日本に勉強しに来たことがあったらしく、言葉が上手だ。
ものすごくにこやかに話すのだが、話し終えた直後必ず真顔になる。たぶん次に話す日本語を必死で考えているんだろうけど、そのときの表情のギャップが面白い。旅の途中ずっとアリさんのマネをしていた。
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イスタンブールであったトルコ人(名前が聞き取れなかった)も、日本語が非常に上手でいろいろな場所を紹介してくれた上にチャイまでごちそうしてくれた。
「うそー、ほんとー、そーなんだー」が口癖。これもしばらくマネしていた。
彼も日本に来た事があるらしく非常に言葉が堪能。しかし、自分の経営するじゅうたん屋に連れて行きたがる。そういう面は織り込み済みだが、この辺りはイスタンブールと他の地域の違いが顕著に表れるところなのかもしれない。
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そして、そのじゅうたん。
買う気はさらさらないので、あくまで見るだけだったが、ものすごく良い。
素人目で見てもきれいで質の高さが分かるし、さわってみるとその手触りから更に質の高さが分かる。すばらしすぎる。
もちろん値段もすばらしかった。
とてもきれいだが、無理。あまりにも上品すぎて品のない我が家にはとてもつりあわない。
…これを買うときは噴水つきの豪邸に住むときだな。そうなったら買いに来よう。

そういえば、「飛んでイスタンブール」の曲を知っている人がいた。
そして、なぜかオッパッピーが多かった。
「そんなの関係ねえ」を多くのトルコ人にされると、日本人であることが恥ずかしくなる。ほとんどの日本人はあんなのではない。もう少し普通の芸人が流行っていればよかったのに。


イスタンブール~一日で主要観光場所を巡る強行スケジュール~
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by mlsenyou | 2010-07-16 12:46 | トルコ | Trackback | Comments(0)


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プロフィール
1976年の早生まれ
埼玉県出身。
3年半リーマン生活の後、半年間、中国+東南アジア10カ国を旅する。
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