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by mlsenyou
 
カテゴリ:ミャンマー( 26 )
 
ミャンマー(ビルマ)の旅路・目次
~ルート~
1.タイ・バンコク→ミャンマー・ヤンゴン(飛行機)
2.ヤンゴンピイ(バス)
3.ピイシュエダウン(乗り合いトラック)→ピイ(乗り合いトラック)
4.ピイチャウッパダウン(バス)→バガン(バス乗り換え)
5.バガンマンダレー(バス)
6.マンダレーヤンゴン(バス)
7.ヤンゴン→タイ・バンコク(飛行機)

ミャンマー大使館へはここをクリック!

~目次~
 1.ミャンマーこんな感じ
 2.ミャンマーのFECと為替レートの二重基準と日本の財政
 3.シュエダゴンパゴダ(ヤンゴン)
 4.日本人墓地(ヤンゴン)
 5.ぼったくりの始まりは旅行者から(ヤンゴン)
 6.ヤンゴンの街に見られる「日本」
 7.セクシー寝釈迦(ヤンゴン)
 8.軍事政権下の人々(ヤンゴン~ピイ間)
 9.東京ラブストーリー・ヤンゴン編
10.ミャンマ-珍現象(ピイ)
11.シュエダウン村のメガネブッダ
12.タイエーキタヤの遺跡群とフモウザの時間
13.シュエサンドーパゴダ。ピイの街。
14.バガン
15.バガンの安宿で、うんちをちびる~前編~
16.バガンの安宿で、うんちをちびる~後編~
17.幽霊パゴダの真実(バガン)
18.バガンで瞑想
19.マンダレーのデザート屋
20.ゾゥゾゥヒンとアーナンダー寺院(マンダレー)
21.マンダレーヒルのふもと
22.嗚呼!香ばしきブッダ様とアーナンダー様(マンダレーヒル)
23.日本語教室(マンダレー)
24.大目撃!!(マンダレー~ヤンゴン間)
25.バンコクへ…(ヤンゴン)


タイ編
メイン目次

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シュエダウン村のメガネブッダの寺でスコールにあう。
スコールが降りだすと、子供達は外へ出て遊びだした。
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by mlsenyou | 2005-06-27 01:40 | ミャンマー | Trackback(1) | Comments(2)
 
バンコクへ…(ヤンゴン)
ヤンゴンに着き、ミャンマーで最初に泊まった宿「東京ゲストハウス」に再びチェックイン。オーナーの金子さんが私の名前を覚えてくれていたのが嬉しかった。
このゲストハウスのオーナー金子さんはもちろん日本人だ。チェスにはまっているらしい。そこで、相手してもらったがあっさり負けてしまった。さすがだ。ボルネオの赤道記念塔で一回やったくらいじゃとても敵わない…当たり前と言っちゃ当たり前の話だが。

ヤンゴンについた後、すぐにバンコク行きの飛行機の手配をした。
ミャンマーはヤンゴンピイバガンマンダレーの他にインレー湖に行く予定だったが、インレー湖には行くのをやめた。
実はミャンマーをまわっているうちに今回の旅そのものに満足をしてしまったのだ。
旅をする理由は人によってそれぞれだろうし、まず理由ありきではない場合も多いのではないかと思う。旅をする理由、つまり旅をしている意味は、旅をしているうちに自然と見つかることがあるのだ。そしてそれは一つだけではなく複数ある場合も多い。私の場合も複数あるうちの一つの理由をミャンマーで気づき、ミャンマーで見つけたのだった。そしてそれは一つの理由でありながら、旅そのものを満足させてしまう程、とても大きい理由だった。

自分の心の故郷。
思い出せばいつでも優しい気持ちになれるような思い出の地。
それをミャンマーに見つけたような気がした。

見つけた途端、旅を続ける理由があまりなくなった。インレー湖にも行く理由がない。
とりあえず、目標地点はインドだったが、途中のバングデシュビザを取っていない。バングラデシュビザはバンコクで取れる。
インドへ行くかどうかはバンコクへ行ってから考えよう。


バングラデシュビザ取得。そして…(バンコク)
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-27 00:57 | ミャンマー | Trackback | Comments(2)
 
大目撃!!(マンダレー~ヤンゴン間)
マンダレーからヤンゴン行きのバスに乗っているときのこと。
Lonely Planetも読み飽きて、特にすることもなく窓の外をぼけーっと眺めていた。夕方前の空が青くてきれいだった。そうやって空を見ていたら、変なものを見つけた。

空の片隅に白い点のようなものがあるのだ。
それはしばらく同じ位置に静止している。

火球か?

そう思いながらも、多少の期待をしながらその点をじっと見ていた。
その期待とはもちろんアレのことだ。
いるかどうか分からないが、人間が宇宙に行ってしまうくらいだから絶対にいないとも言い切れない。だから、いたら面白いし、実際に見れたらもっと面白い。あくまで攻撃されなければだが。

しばらく見ていたが、白い点は空の片隅に留まったまま動かない。
変化がないが、こちらもバスの中ですることがないので、退屈しのぎにはじっと見続けるしかない。そんな意味がありそうでなさそうな時間が過ぎていき、空は徐々に夕焼け色に変わり始めてきた。青からオレンジに変わりいく空の中、白い点は夕日の光を浴びてか、少し輝きを増していた。次の瞬間。

すーっと水平に移動して、その先で少し止まっていたと思ったら、消えてなくなってしまった。

おお~。
消えたよ。
あれは一体なんだったんだろうか。
私の期待していたものだろうか。
分からないから、そういうことにしておこう。
とりあえず発表しておく。
ミャンマーのマンダレー~ヤンゴン間でUFO見たど~~~!!!


バンコクへ…(ヤンゴン)
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-25 02:21 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)
 
日本語教室(マンダレー)
マンダレーヒルの頂上を目指していた時。
途中で観光案内をしている人に声をかけられた。日本語がうまい人だった。
ミャンマーと日本の共通点みたいなことを始めとして、いろいろ話した。

彼はマンダレーヒルで街の人相手に毎日日本語を教えているらしい。
彼自身は、JICAから派遣された日本語教師に日本語を教えてもらったとのことだ。せっかく教わった日本語なので、街の人に教えることで観光や彼らの将来の役に立てたいという思いがあるようだった。日本語教師にとても感謝していたのが印象に残った。かなり良い人だったらしい。

「今日の夕方、時間があれば授業に来てもらえませんか?来れば生徒たちの意欲もあがると思うのです」

まさか、外国の日本語教室にゲスト出演することになるとは。旅をしていると本当に不思議な出来事が巡ってくるもんだ。たしょう照れくさいが参加することにした。

夕方、少し遅れて再びマンダレーヒルに着いた。別のパゴダで予想外に時間をとられてしまったのだ。
ふもとから教室を探して走りまくるがなかなか見つからない。
中腹を過ぎてもまだ見つからず、「もうこのまま頂上まで行こう!」と思った瞬間、声をかけられて彼らに気がついた。日本語教室はマンダレーヒルのかなり高い位置で開かれていたのだった。
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日本語教室には、子供から私くらいの人まで様々な年齢層が参加していた。
私が行くと、自信なさそうに日本語であいさつしてくれる。どうやら日本人相手に日本語を使うのが初めての人もいるらしい。何度かあいさつの練習をすると、みんな自信をもって元気にあいさつするようになった。
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彼らの日本語の勉強はこんな感じだった。
教師役の人が黒板にミャンマー語と日本語を書き、それを生徒がみんなで読む。中には一生懸命ノートをとっている人もいた。
この日の私の役目は自己紹介をした後、黒板に書かれた日本語を読んで聞かせることだった。
私が日本語を読み、生徒がそれを繰り返す。
そしてその意味を教師がミャンマー語で話す。それを彼らが繰り返す。
ミャンマー語で話している間、ニコニコして待っていたら、教師に「あなたもミャンマー語を勉強して下さい」とつっこまれてしまった。すいません、「チェーズーティンバーデー(ありがとう)」「ミンガラーバー(こんにちは)」「ナーメー○○バー(私の名前は○○です)」くらいしか分かりません…
こんなヘボゲストだったが、それでも教室の生徒たちはとても親切にしてくれて、授業が終わった後に煙草とお菓子をくれたのだった。

帰り、生徒の一人に宿まで送ってもらう。
日本料理を食べた事がないというので、マンダレーの日本料理屋に連れて行ってあげた。
この日本料理屋は先にあげたJICAの日本語教師が立ち上げた店らしい。この店は立ち上がったことで数人のミャンマー人の雇用に役立っている。たった一人の日本人がたくさんのミャンマー人に日本語を教えるだけでなく、雇用問題にも役立っているのだ。
この人はミャンマーの人たちの間に溶け込んで、そして大いに感謝されたのだろう。だからミャンマー人がミャンマー人に日本語を教えている今があるのだろう。彼を知っている人はマンダレーだけだろうが、それでも確実にマンダレーの人々に大きな影響を与えている。
それに比べて政府はどうなんだろう。
外国米を外国の袋のままで食糧支援したり、日本企業を肥やすために円借款をしていることは現地の人々の記憶に残っているのだろうか。そして大きな影響を与えているのだろうか。
食料や資金援助はしすぎると援助慣れを起こすことがある。日本もそろそろ途上国に対して意味のある支援方法を模索していった方が良いのではないかと思う。

宿へ送ってくれた若者はとても穏やかな考えの持ち主だった。
仏教に基づいた考えなのだろうが、他の仏教国の人間とは違って、この国の人々はもっと大きな温かさというか、心の豊かさを持っているような気がする。資本主義のルールにまだ染まっていないからだろうか。
日差しが強く、雨季は非常に雨が降り、食料は豊富だが食事は美味くない。彼らは自分たちのことを貧しいという。しかし、その心は少なくとも邪念雑念ばかり思いつく私よりも豊かに思える。

「いつかまた会おう!」

ミャンマーの人たちは「いつか」の言葉に民主主義社会到来への思いを込めることが多い。
彼らとまたいつか会いたいが、彼らの望む社会が到来した後のことを考えると複雑な気持ちにもなる。決して軍事共産主義を肯定するわけではないが、少し穿った考えをしてしまうのだ。
民主主義社会が到来→それに合わせて経済封鎖解除→海外資本の流入、資本主義が本格化する→多数の外国人の到来→貨幣価値の差による彼らの豪遊→突然の大金による金賞賛→途上国に見られがちな様々な問題の出現。
こういう穿った考えをしてしまう理由は、金の魅力にとりつかれ、がめつくなった二人のミャンマー人に会ったことに起因しているのかもしれない。
資本主義へと代わってしまうと、金の不足は生活の危機に陥ってしまう。生活の危機は心の豊かさを奪う。
ミャンマーが経済封鎖されてもそれほど深刻な危機にならないのは食料生産能力が十分にあるからだ。金がなくても余裕だから、無駄な贅沢を知らないから心が豊かでいられるとも思える。無駄な欲を持たない代わりに豊かな心を持ち続けている彼らの社会が資本主義へと変わることは本当に幸せなことなのだろうか。私は別に社会主義や共産主義を賞賛しているわけではないが、彼らを見ていると今までの方が良いような気もしてしまう。これは、きっと旅人のエゴなのだろう。いつまでも変わらないで欲しいと願ってしまうような…

「またいつか!」

もっと近い国になって欲しいけど、変わって欲しくない。
そんな矛盾した思いを持ちながら手を振って宿に戻った。


大目撃!!(マンダレー~ヤンゴン間)
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-23 02:24 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)
 
嗚呼!香ばしきブッダ様とアーナンダー様(マンダレーヒル)
マンダレーヒルを登っていく。目指すは頂上だ。
なぜ頂上を目指すか?
そこに山があるから。
ぜんぜん答えになってないのにカッコよく聞こえる答え。っていうか、高いところがあったら上に登りたくなるのは煙も人も同じだろう。かったるいから登らないという人もいるけど。

そんな理由からマンダレーヒルを登って行く。登るというより階段を上がっていくという方が正しいかもしれない。
しばらく階段を上りながら着いた先には指をさしているブッダがいた。
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マンダレーに伝わる予言が再現されている。彼らの伝説の中では、ブッダはこの辺りで未開のマンダレーに向かって指をさしたのだろう。そしてその地はミャンマー第二の都市と呼ばれるほど発展したのだ。
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指をさすブッダの側にはヒザをついた弟子のアーナンダーの像もある。マンダレーにはアーナンダー寺院というのもあるくらいだから、この地ではアーナンダーは人気があるのだろう。
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ここでふと気がついた。
アーナンダーはブッダの方へ手を合わせているが、その指の先に何かがついている。
拡大してみよう。
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何と!日が落ちて薄暗くなった時のために、アーナンダーは照明を携えていたのだ!
夜は祈りを捧げるアーナンダーの指先からウルトラマンのビームのようにライトがつき、ブッダを照らすのだ。すばらしき信心。そして何度も言うが…

仏像を電化するな!(笑)

せっかくの神聖な場所が面白くなってしまう。
例によって、ピカピカ仏像に笑いをこらえながらマンダレーヒルを下っていったのであった。


日本語教室(マンダレー)
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-21 18:21 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)
 
マンダレーヒルのふもと
ゾゥゾゥヒンのバイクに乗ってマンダレーヒルの寺院へと向かった。
マンダレーヒルはマンダレー市内の北に位置する小高い山で、山の斜面に沿って寺院が建てられている。マンダレーの伝説では、ブッダがこの丘の上から指をさして「いずれこの場所に街ができるだろう」と予言したということになっているらしい。仏教の信仰厚いミャンマーの人々にとってはマンダレーは予言の地=聖地なのかもしれない。

マンダレーヒルからは王宮跡が一望できる。
この王宮跡は多くの部分がミャンマー軍基地になっているらしい。一部を観光することもできるそうだが、マンダレーヒルの上から見た限りではあまり面白くなさそうだったので、私は入らなかった。
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マンダレーヒルに着いたところでゾゥゾゥヒンと別れた。実家の宿の仕事があるらしい。
彼の家はミャンマーではかなり裕福な方らしかった。何しろ、バガン、マンダレー行きのバスでは質の良いロンジーをためらわずにくれたし、この日もハンバーガーをおごってくれた。しかも周りの人々の大半は自転車、良くてカブに乗っているというのに、自分用の250ccスクーターを持っている。彼の話によると、兄がアメリカで仕事を成功させたらしい。そして自分も半年後にはアメリカに行くということだった。
ゾゥゾゥヒンは日本の基準では信じられないほど親切だ。自己主張の強いアメリカへ行ってビジネスがうまくやっていけるか少し心配だが、兄が成功しているのならそのやり方を受け継ぐのだろう。できれば、いずれ彼の成功した姿を見てみたいものだ。


嗚呼!香ばしきブッダ様とアーナンダー様(マンダレーヒル)
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-21 17:50 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)
 
ゾゥゾゥヒンとアーナンダー寺院(マンダレー)
ピイからバガンへ向かうバスの中で、一人のミャンマー人と知り合いになっていた。
そのミャンマー人はゾゥゾゥヒンという人で、雨でびしょぬれだった私に予備のロンジーをくれたのだ。ちなみにロンジーとはミャンマーの民俗衣装で巻きスカートのような感じのものだ。

彼はロンジーをくれただけでなく、途中で食事もおごってくれた。
他の国なら「初対面なのに何でこんなに優しくしてくれるんだろう?」と、まず疑りが先に入ってしまうが、ミャンマーではここまでの親切は少ないとしても驚くほどの親切を受けることは多い。
なので、ありがたく親切を受けることにした。
「私はマンダレーに行きますので、マンダレーに着いたら電話をしてください」
そう言って名前と電話番号を書いたメモをくれた。
その後、ミャンマー人に指摘されて知ったのだが、ソゥソゥヒンのくれたロンジーはカレン族のものでかなり質の高いものだったらしい。実際、ヤンゴンで安売りしていたロンジーは数回の洗濯ですっかり色落ちしてしまったのだが、ゾゥゾゥからもらったロンジーは色落ちする事がほとんどなかった。

そんな超親切男ゾゥゾゥヒンだが、マンダレーに着いてさっそく連絡すると、翌日バイクで宿まで迎えに来てくれた。今日一日、マンダレーのどこへでも連れて行ってくれるという。マンダレーの有名な場所に行きたいというと、いろいろな場所へ連れて行ってくれた。

その中の一つが、アーナンダー寺院だ。
金色の寺院はマンダレーの青い空にとても美しく映っている。
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中には大きな仏像があった。
この仏像は多くのミャンマー人によって金箔が貼りに貼られていて、厚化粧という言葉もかすれるほどコテコテに金が貼り付けられていた。
これ全部はがしたら金塊にしたらけっこうな額になるな…
寺院内にいるにも関わらず、ついつい邪な考えをしてしまうが、周りの人に従って金箔を仏像に貼り付けることにした。
金箔の貼り付けは一瞬で終わってしまったが、この作業はなかなか面白い。「いかにきれいに貼るか」ということにこだわりを感じてしまう。おそらく多くのミャンマー人もきれいに貼る方法を考えていただろう。もちろんその理由は私のようないい加減なものではないだろうが。
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金ピカ仏像だが、この仏像もやはり他の仏像の例にもれず、後光が電球によって表わされていた。何度も思ったが、仏像を電化するのはやめて欲しい。パチンコ屋のように背後が電球でチカチカしている仏像を一生懸命拝んでいる姿は、拝む人々が真剣であればあるほど可笑しくなってしまう。電球はうさん臭いので元に戻した方が絶対に良いと思うのだが…


マンダレーヒルのふもと
ミャンマー・目次
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はるか昔、カンボジアとの戦争で戦利品として持ち帰った仏の銅像。
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by mlsenyou | 2005-06-19 23:05 | ミャンマー | Trackback | Comments(2)
 
マンダレーのデザート屋
バガンからバスに乗りマンダレーに着いた。
マンダレーはヤンゴンに次ぐミャンマー第二の都市だ。
発展しているため、建物が多くアスファルト舗装の道も多い。
その分、クソ暑い。
コンクリートやアスファルトの熱吸収、放射の効果を実感すると共に、温暖化対策の必要性を強く感じてしまう。

そんなマンダレーだが、ここには楽しみにしていた場所があった。
ナイロンコールドドリンク。ベトナム、タイで会った長期バックパッカーの人に教えてもらった店の名前だ。この店のプリンがおいしいらしい。
各地のデザートを食べるのが趣味という人のオススメなので、かなり楽しみにしていた。
マンダレーに着いてから宿を探したのだが、幸いナイロンコールドドリンクの近くにある宿を見つけることができたようで、街探索を始めてすぐに見つけることができた。さっそくプリンを頼んでみる。
美味い。
マンダレーのクソ暑さに多くの汗を流しエネルギーを消費してしまっている。
そんな時にヒンヤリとして甘みのあるこのデザートを口にできるのは小さな幸福と言ってもいいのではないか。そのくらい美味かった。なお、アイスも美味い。あまりに美味かったので、一日に3回食べに行ってしまった。
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夜、民俗芸能のパペットショーを観に行った。
伝統芸能は当たり外れが大きいが、マンダレーのパペットは当たりの方だと思う。わりと満足できた。
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ゾゥゾゥヒンとアーナンダー寺院(マンダレー)
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-19 22:30 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)
 
バガンで瞑想
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ヤンゴンにいた時、瞑想にハマっている人にあった。
何ヶ月もヤンゴンのパゴダで瞑想をしているらしい。
その人がいうには、瞑想を行っていると、良い事も嫌な事も含めていろいろな事が思い浮かんでくるらしい。そしてそういうことが思い浮かばなくなってくると、しだいに体内にたまっている毒素が吹き出物のような形で出ていくという。この人はそれを実際に体験したようで、そのことを熱く語っていた。

「何かそれで変わったりはするの?」

そう聞いてみたところ、その人にとってはこの質問が瞑想を否定しているように聞こえたのか、ムキになって語り始めた。

「まあ、不思議な話だから、あなたが信じないのも分かるけど、やってみると本当に心が平穏になるし健康にもなるのよ。確かにまあ信じられない話かもしれないけどね。でも、修行を続けていると瞑想をしていない時でも常に心が落ち着いて穏やかになるのよ!ああ、頭にくる!!」

別に否定してないのだが…勝手にヒートアップしないでくれ。
この人はまだ修行が足りないようだ。
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…とヤンゴンでそんな話を聞いていたので、とりあえずバガンの寺院のどこかで簡単に瞑想してみようと思っていた。オールドバガンを自転車で走りながら、観光客も坊主も誰もいない寺院を探す。風通しの良さそうな適当な寺院を見つけたのでさっそく瞑想を始めた。
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何分たっただろうか。
確かにいろいろなことを考え始める。
それは夢をみているようで、夢よりも大きく広く考えているような感じだ。そして寝ていないことを自覚している。覚醒と睡眠の中間くらいの意識状態だろうか。流れてくるいろんな考えに逆らわずそのまま流れていくような感覚だった。
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目を閉じて座禅を組んでいると周囲の様子を五感で強く感じることができる。
灰色がかった空のすき間から時おり顔を見せる日差し。
木々のすき間から流れ込んでくる涼しい風。
風に鳴り響く鈴の音。
チリーン……チリーン…とゆったりと静かに鳴り続ける、途切れそうで途切れない穏やかな音色が聞こえる。
バガンの地にこの寺院が出来てから、何年も何百年も経ったのだろうが、この鈴の音と鈴を揺らす緩やかな風は昔からそれほど変わってはいないのだろう。
この何百年の間に多くの人たちが生まれて死んで愛して憎んで喜んで悲しんで、発展していって戦争が起こってを繰り返していっても、風も日差しも多くは変わっていない。木々も鈴も穏やかに揺れ動いている。
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瞑想をしている間、時間の感覚が曖昧になったので、何分間その寺院にいたのかは分からない。その後のことも考えれば、おそらく30分にも満たない短い時間だったと思う。
そんな緩やかな時間の中で、いろいろなことを流れるように考えていた。
様々な事が流れていき、最後に感じた時、

鈴を通じて、ただ、風の歌が聞こえていた。


マンダレーのデザート屋
ミャンマー・目次
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ニューバガンの街。
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バガンのマーケット。
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寺院。
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仏像のポーズを真似る。別にこの寺院で瞑想したわけではない。もう少し風通しが良く、程よく明るい静かな場所だった。瞑想をしたからといって特に何かを信仰したというわけではないが、都心を離れて、こういう自然が豊かで電気も不完全な場所で、ただ農作業したり座禅を組んだりして穏やかに暮らすのも悪くはない。
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by mlsenyou | 2005-06-17 15:47 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)
 
幽霊パゴダの真実(バガン)
バガンには無数のパゴダがある。
パゴダは仏塔というか、寺院というか…まあ寺みたいなものだ。
寺というと、ネタが古いが「あなたの知らない世界」のように、怪談の舞台になったりもする。そういった話はつきものなのだろうか。バガンにもそんな話があった。
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ここのパゴダは夜になると幽霊が出るという噂がある
地元の人は夜が近づくと幽霊を怖れてこのパゴダには近づかない
そんなパゴダがここにある。

こういうことが書かれてあったらどうする?
1.喜んでいく。
2.絶対行かない。
3.基本的にいないと思ってるが、万が一もしかしたらいるかもしれないし、仮にいたとしたらちょっと怖いので、昼間に行く。

もちろん私は3。チキンなハートを大切にしている。ホラー映画では真っ先にやられるタイプだ。
なので、日が暮れないうちにそのパゴダへ向かうことにした。
ところが、そのパゴダはニューバガン(街のあるエリア)からかなり離れた場所にあり、たどり着くのに思った以上に時間がかかる。結局ついたのは夕方になりかけの時間だった。
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誰もいなかったら嫌だな…

そう思いながら自転車をパゴダ前に停めると、ミャンマー人の売り子が家族でウェルカムしていた。
「ジュースはどう?」
「おみやげもあるよ」
「どこの国から来たの?」
「タイバーツ(B)もらっちゃったんだけど、ここでは使えないからミャンマーチャット(Kt)と両替お願いできるかな。ちなみにこれ(20B硬貨)っていくらなの?」
…と、人良さそうに近づいてくる。
思いきり現地の人たちがいるんですけど…
情報とぜんぜん違うので、彼らに聞いてみた。

「このパゴダって幽霊でるの?」
「昔は出たけど、今は出ないよ」

「今は」って…幽霊ってそんなものなの?
引退したのか?

そんなわけで、幽霊が出るというパゴダの真実は「今はいない」だった。
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余談:リンクを貼ろうと思って「あなたの知らない世界」を検索したのだが、幽霊とは違う世界のHPが多いのに驚いた。ちなみに私もバンコクで一度、知らない世界を見たことがある。あまり知りたい世界ではなかった。

バガンで瞑想
ミャンマー・目次
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by mlsenyou | 2005-06-13 11:39 | ミャンマー | Trackback | Comments(0)


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プロフィール
1976年の早生まれ
埼玉県出身。
3年半リーマン生活の後、半年間、中国+東南アジア10カ国を旅する。
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