ところで、珠海という地名に覚えはないだろうか。
珠海は日本企業が社員旅行中に集団売春を行い問題になった場所だ。
もっとも旅をしていた当時はそんなことが起こるとは思ってもいなかったのだが。
ホテルにチェックイン後、部屋でくつろいでいると内線がかかってきた。
出ると、「アンモー、アンモー」と言っている。
英語で「分からない」と答えると、わずかの沈黙の後、「マッサージ、マッサージ」に変わった。売春の誘いだ。
なぜ部屋にいることが分かったんだろう?と思いながら断ると、今度はノックが。売春婦が勝手に部屋に入ってきた。
「マッサージ、マッサージ」
彼女は微笑みながら近づいてくる。戸惑いながら考えた。なぜ部屋まで来れたのだろう。
このホテルは複数の棟に分かれていて、部屋に入るには各棟の玄関の鍵を開けなければならない。そしてその鍵はチェックインの際、部屋の鍵と一緒に渡される。それなのに、この売春婦は玄関の鍵を開けて入ってきている。彼女はどう見ても客ではない。
おそらくホテル側が鍵を渡したのだろう。
つまりホテルと売春婦はグルになっていて、宿泊情報が入ると売春婦が内線で誘いをかける。そこで「NO」と言われても、鍵があるから直接部屋まで来て改めて誘うことができるのだ。ホテル側は紹介手数料のため積極的に売春婦に情報を流すのだろう。あるいはホテルが売春婦を雇っているのかもしれない。
売春婦を追い出しながら、そんな予想をしていた。
ちなみに「アンモー」は珠海以外のホテルでもあった。ホテルと売春婦がつるむことは珍しくないようだ。
珠海は散策中、ヌキ床屋の数に驚いて印象に残った街でもあった。
生活感のある場所を求めて裏通りに入った途端、ヌキ床屋が軒を連ねていた。
ヌキ床屋は地元向けの店のようで、上海で一緒だった日本語教師も生徒によく連れられて行ったと話していた。
ひょっとしたら、中国は日本よりも性風俗が生活に密着しているのではないだろうか。性に対する考え方は国によっても人によっても異なるから、風俗自体の是非を言うつもりはない。ただ、裏通りに入った直後の、突然現れた風景に驚いた。そして、そういうこともあるんだな、と納得をした。
後で知ったことだが、珠海には香港人を主な客とする売春施設が数多くあるらしい。
冒頭の日本企業の件では、中国政府および珠海側は反日感情を交えた一方的な批判をした。
誰だって、自分の住んでいる場所に外国人が大挙して売春行為をしたら良い気分にはならないだろう。批判をする気持ちも分かる。しかし、それならなぜ外国人向けの売春施設を作り、私のような内情を知らず、その気もない人間にまで積極的に売春を持ちかけてくるのだ?
国レベルで見れば一都市の事情など分からないだろうから、政府からの批判はやむを得ないことかもしれない。
だが、都市レベルで見た時、珠海市民の多くは現状を理解していたはずだ。それを棚に上げ一斉批判をするのは理不尽に感じる。
だからといって日本企業の擁護をするつもりもない。逆に、そんなことまで集団じゃないと出来ないのか?と呆れる。幹事に責任を押し付けて、その他大勢は責任逃れしているところが「お上が」「政府が」等と言っている人達の典型例に見えて本当に情けない。やりたいなら「皆さんの勢い」を借りないで自分の意思でやれよ。
と思う。
…売春婦を追い出した後、彼女に再び押しかけられないよう、すぐに部屋を出て街歩きを始めた。
まずはマカオの「近く」まで行こう。
中国は一国二制度を採用している。その制度は旅行者にとっては外国に等しい。というのも、マカオや香港に行くと、中国を出国するのと同じ扱いになるからだ。新鑑真号で取得したビザは一回まで入国可のビザだったため、マカオに渡ることはすなわちビザの取り直しを意味していた。
目の前に広がるカジノの世界。沢木耕太郎のやった大小(タイスウ)。
遠くに見えるマカオを眺めながら、しばらくの間、出国の誘惑と戦っていた。
→
地下鉄三元里駅前ホテル(広州)
→
中国・目次