ベトナムにいた時、カンボジアの道路事情はひどいと聞いていた。
とんでもないデコボコ道らしいので、きっと移動は疲労を伴うのだろう。
しかし、実際に入国してみると道は噂ほどひどくはなく、ベトナムと大して変わらない。ベトナムで、サスの効かない公共バスに長い間乗っていたから、たいていの振動には慣れてしまったのかもしれない。どちらにしても移動は楽だった。
楽といえば、特にプノンペンからシアヌークビルに行く間の道は快適そのものだった。道路の質が今まで訪れたどこの国と比べても格段に良い。
なぜこんな場所にこんな質の高い道路があるのだろう?
その答えはすぐに分かった。
この道は、自衛隊がカンボジア復興の際に作り上げた道路だったのだ。
最近の自衛隊派遣について言うつもりはないが、カンボジアのこの道路に関しては自衛隊は本当に良い仕事をしたと思う。
そんな事もあったため、カンボジアの道路は私の中で悪路ではないという結論に達しようとしていた。
「この程度なら余裕。本だって読めるぜ」
その慢心は後に神秘的な体験をするきっかけになる。
プノンペンからシェムリアップに向かう途中のことだった。
この道はものすごい悪路と聞いていたが、話に聞くほどひどいとは思えない。
やはり噂は噂に過ぎないのだろう。振動は多少あるが、慣れてしまえば大したことではない。
そう思い、安心した私は座席であぐらをかいたまま本を読み続けていた。
そんな私を乗せて、バスはカンボジアのほこりっぽくて茶色い道を走り続ける。
本を読み飽きてあぐらをかいたままくつろいでいると、突如、バスの前方が道に沈んだ。
そして、その後すぐに重力を感じなくなった。
ふと気づくと私の体があぐらをかいたまま宙に浮いている。まるで、某団体の某教祖の写真のように空中浮遊をしているのだ。
「???」
一体いま自分に何が起きているのだ?
ガンッ!!
浮いている理由をつかむ間もなく、頭を荷台に激しくぶつけた。かなり痛い。目から火花が出る感覚とはこういう感覚なのだろうか。
「Are you OK?」
「Are you OK?」
周りの旅行者から心配され、頭を押さえながら現状把握を試みる。
どうやら激しいデコボコ道のせいで、バスが波をうつように移動していたらしい。バスに乗りながら飛行機のエアポケットに入ったような感じだ。この道を通るならシートベルトをつけた方が良い。
私の空中浮遊を見ていたドイツ人が運転手に抗議していたが、言葉が通じず、面倒くさそうに「OK」の返事で済まされていた。
噂の悪路とはこういうことだったのか。
これをきっかけにして悪路の本領が発揮される。
窓を閉めているはずのバス内にどこからか大量の土ぼこりが入ってきて、道路だけでなく車内までもが視界不明瞭になる。
そのほこりのため、鼻の中が真っ黒になる。
荷台に入れていた緑色のリュックは見事な黄土色に変わっている。
プノンペン~シェムリアップ間の道は噂に違わぬとんでもない悪路だった。
ちなみにこの時すでに旅のルートを決めており、この道は往復する予定になっていた。
また俺は浮遊するのだろうか?
帰りのバスに乗るのが怖かった。
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フォーリンラブインシェムリアップ
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